故郷の廃家
甘口、辛口の雑記ブログ。 少女時代の思い出と、現代の風潮への怒りとの、2つの ベクトル上で行き暮れる。 団塊嫌いの団塊による、すべての世代の人へのメッセージ。


カレンダー


08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30


プロフィール


沈丁花さん

Author:沈丁花さん
FC2ブログへようこそ!



最新記事




最新コメント




最新トラックバック




月別アーカイブ




カテゴリ


未分類 (1)
雑記 (8)
思うこと (39)
教育 (1)
愕然としたこと (0)
NHK (0)
文化論 (5)
消えゆくもの (16)
自然 (0)
私の愛する本たち (1)
私の好きな花たち (1)
(0)


メールフォーム


名前:
メール:
件名:
本文:



FC2カウンター




検索フォーム




RSSリンクの表示




リンク



このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム


この人とブロともになる



QRコード


QRコード


--.--.--  スポンサーサイト <<--:--


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


No. / スポンサー広告 // PageTop▲

2009.08.30  原発記事のまとめ そしてお別れ その五  <<03:32


(4)最後に

何かに憑かれてでもいるかのように、長い長い原発の記事を書いてきました。
いよいよこれで終わりです。
よろしければ、私の最後のメッセージですから、太い字のところだけでも
拾い読みしてくだされば幸いです。

豊かさは物質の豊かさだけによるものではないと思います。
現代人はそこのところをどうもものすごい勢いで忘れていっている気がするのです。
これは私のブログの、一つの大きな隠れたテーマであったと思います。
人類はどこへ行こうとしているのか?
どこまで行けば気が済むのか?

この原発の記事の中でまとめたことを、私はぽつぽつとブログ中で話しています。
1月。オバマ大統領の就任に、私は彼が世界の潮流を変えてくれるのではないかと喜びました。
彼の改革は始まったばかり。しかし、「核廃絶宣言」など、一人の政治家が出ただけで、
こうも世界が希望を描けるような気分になるかと、驚くばかりです。
高い理想を持った人の言葉は、世界をも動かす力を持っています。

しかしまた、小さな、日常のさりげない一言も、人を元気づけたりさせる力を
持っているということを、私はブログを通じて学んだ気がします。

大勢と群れるのが苦手で、どちらかというと人嫌いの沈丁花。
それにもかかわらず、多くの方とここでお友達にならせていただき、
時には62歳の私が年若にでもなったかのように、ときに励まし、
ときに甘えさせていただきしてまいりました。

最後まで、やはり長文だった沈丁花さん(笑)。
皆様、これまで本当にご厚情ありがとうございました。


                    *

1月10日。あるテレビ番組の「人は動物の中で、なぜ珍しくも、生殖機能を
終えた後も生き残るか」という問いに、私は、「それは、人が後世に、様々なことを
語って聞かすべき役割を担っているからではないか」と考える、と書きました。
「言葉の力が弱っている」ことへの悲しみ」。それが私のブログの一つの大きなテーマであったと思います。

1月28日の「遠い視線、近いまなざし」という記事では、
自分の住む土地、自分の住む時代を超えて、遠くの人を想う視線と、近くの人の悲しみに
敏感なまなざしを持とう、ということを書きました。
ここで私が訴えたかったのは、「想像する力の大切さ」ということではなかったかと思います。そのために、人はもっと語り合って人を知らねばならない。
本を読もう。旅をしよう。膚で色々なことを感じよう、と書いています。
京都大学、霊長類研究所の松沢哲郎先生が、
「チンパンジーと人間の本質的な違いはなんですか」という問いに対し、
それは、ヒトには想像力があるということではないですか
と静かな口調で答えていられたのを聞いたときには、思わずほろりとしてしまいました。

4月26日。「衒学趣味のすすめ」という記事では、ちょっと斜に構えて、
知識は大事だ」ということを訴えています。
「学歴的な知」のすすめ、という風に誤解されたかもしれませんが、私が真に言いたかったのは、
知識がなければ、人の痛みも知らずに過ごしてしまう。
知識がなければ、想像力も生まれにくい。
また、自分たちの身のまわりに危機が忍び寄っていても気づかず
知らぬ間に、そのるつぼにはまってしまう、という恐れ、などであったように思います。
知ることは時に悲しみを伴う。
しかし、人間ならば、その悲しみを引き受けようじゃないか、ということを伝えたかった気がします。
そして何より、「知ることは楽しい」ということを。

5月11日。「良識派は死んだ?」では、現勢力に対するアンチテーゼを唱える役割を
長い間果たしてきた、知識人の死、というものを憂い、価値観の単一化を
恐れる
、という記事を書きました。
これも、ある意味反発を呼ぶ記事であったかもしれません。
あまりに政治的な記事に傾き過ぎていたので。
しかし、私は、どの政党を支持するか、などということを超えて、
ものごとが単一の価値観で固められていくのに、非常な危機感を持つています
これからもそうした危惧を抱いて生きていくだろうと思います。


4月29日。「悲しみはどこから来るか」では、「死」というものを、もう身近に想うゆえの、
全ての生きとし生けるものへの愛について
書きました。
たくさん書いた思い出の記事も、「失われゆくもの」のシリーズも、
みな、その底には、人間の未来への不安と心配が通底音として流れているのです。

これが、私が原発の記事にこうまでこだわった、一番の理由であった気がします。

私の人生はもう整理期に入っています。
もともと物に対する欲望はあまりないほうです。
だから、黙って静かに立ち去ればいいだけなのでしょうが、
残念、あの議論好きな団塊世代として育っただけに(笑)
黙って後世代の若い人々に道を譲ることができませんでした。
議論もしました。年がいもなくむきになって。
でも、今、それも楽しい思い出。

私のブログで、何か少しでも伝えることが出来ていたらいいなあ、と願います。
あと一つ、思い出の記事を書いたら、お別れです。
最後に一つ、皆さんにお願い。
みんな、元気で、五感をいっぱいに働かせて、鮮やかな、悔いのない人生を
生きていってくださいね。
沈丁花さんは遠くからそれを見守っています。
さようなら。
スポンサーサイト


No.140 / 思うこと / Comment*27 / TB*0 // PageTop▲

2009.08.30  原発記事のまとめ そしてお別れ その四  <<02:18


(3) 人間の豊かな生活とは


「人間はどこまでこの地球の有限のエネルギーを湯水のように使い続けるのか。」

「科学の進歩のためには電力は不可欠。経済を発展させることは不可欠。
経済発展しないと、人は幸せになれない。その全ての中心になるのは原子力。」


本当にそうなのだろうか。
人類はこれまで、科学の力、技術力によって、錬金術のように無から有を創りだし、
生活の「快適さ」「便利さ」「豊かさ」を手に入れてきた。
若い人などは、生まれた最初からその便利さの中にいる。
しかし、私などの年代の者は、物がない時代を知っている。
ラジオが家に来、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、自動車、エアコン、
コンピューター、携帯電話…が次々と生活の中に入ってくるのをつぶさに見ている。
人間はどこまで便利になれば気がすむのだろう…。

私は何だか空恐ろしくなってしまうのである。
現代の人間がこの地球の支配者ででもあるかのように、地球の資源をどんどん
使いきっていくのを。人間はやがていつかは、石油やウラン資源だけでなく、
鉄、銅、亜鉛などのベースメタルも、チタン、マンガン、ニッケルなどのレアメタルも掘りつくし
海も山も汚染し、地球を取り返しのつかない姿にしてしまうのではなかろうか。
アメリカの大農場主が、トウモロコシ栽培のために地下水を枯渇させても
呑気に「その時は農業をやめるさ」と笑っていたように。
そうして、北極海の氷が恐ろしい勢いで溶けていっても、
「おお!天然ガスの採掘がこれで楽になる!」と喜んでいるのだろうか。

また、私は恐れる。
人間が、便利さを追求していくうちに自然の一部たる自分たちの肉体性を忘れ
自然を破壊させていくことにも無感覚になり、人間という存在そのものが
いつか弱体化していくことを
。そうして、心までが潤いを失っていくのではないか、と。

携帯電話は確かに便利である。
しかし、それによって人が失ったものは思いのほか、大きいのではないだろうか。
人と顔を合わせて話をする喜び。一人になって楽しむ豊かな孤独の時間
何より、時間そのもの。
いつでも人とつながっている、ということは常にそれを確かめていないと不安、ということでもある。
誰もつながる相手がいないということを否が応でも突き付けてくる非情な機器にも
それはなリうる。(秋葉原連続通り魔事件の犯人の孤独のように) 
いつか、車は完全自動操縦になり、人が運転しなくても、危険物を避けて進むようになるだろう。
(実現に向かっている)
そのうちに人は歩くことさえ嫌がるようになり、車を降りると動く道路に乗っかって
目的地まで行けるようになる。(都会ではすでに一部で実現)
そのうちに人は食べることも面倒くさがるようになり、薬で全ての栄養素を摂取するようになる。
(一部の人で一部実現)
その結果人は田畑などというものを捨てる。野菜は、栄養を錠剤にのみ頼りたくない人が
趣味で食べるが、もう畑などというものはなくなり、
都会の片隅にある野菜工場で人口太陽光のもと、全て促成栽培される。(これも既に実現)
そのうちに本などというものもなくなる。情報は、脳みそに直接電気信号でインプットされる。
怒りや恐怖というマイナスの感情は、薬やあるいは脳に直接刺激を与えることによって
抑制されるようになる。(ベトナム戦争時、アメリカ兵で既に応用されている)
そのうちに人は愛し合うことさえ鬱陶しがるようになり、子供はクローンでつくるようになる。
(これも悲しいことだが、太線部は、日本では一部実現)
能力の劣る可愛くない子は要らないと、純粋に試験管で、頭がよく肉体的にも優れた子を作って、
それを買ってきて飼うようになる・・・。(犬の雑種が既に淘汰されていきつつあるように)

笑いごとではない。すでにその萌芽はかっこで示した通りに一部実現している。
いつか人間はそれに近いところまで進んでいくのではなかろうか。
これから人間は、こんなことに、どれほどのエネルギーを無駄遣いし、
心を摩耗させていくのであろう!
そして、体まで機能を低下させていくことであろう。
そうしてはたして人は幸せになれるのだろうか。

しかしこれは先進国に関してだけ言えること。
地球の半分を占めると言っていいくらいの、アフリカ、アジアの一部の人々は、
今も変わらず飢えと疾病と戦争に悩まされ、その生存すら保障されていない。
砂漠化や大洪水による不作。
先進国の快適な生活から生み出される二酸化炭素による地球温暖化が、
その主な原因の一つであると言ってもいいだろう。
アフリカ、アフガニスタンなどの貧困の歴史を見てくると、
殆どと言っていいほど、そこには先進国の何らかの介入が見てとれる。
民族紛争に介入し、武器・弾薬を供給し、勝手に国境を直線で線引きする。
そのためにさらに進む、民族間の争い・・・。

一方、日本では、24時間煌々と明かりをともし、営業を続けるコンビニ。
そこでは、日付が変わると、大量の弁当などが回収され、大量のごみとなっていく。
終夜、役にも立たない情報を垂れ流しているテレビ。
二酸化炭素削減、と言いながら、電車やオフィスは、震えあがるほど冷房を効かせている。
アメリカの大富豪は、娘が「マック食べたい」と言うと、自宅の格納庫から
セスナ機を飛ばして買いに行く。

先進国と貧しい国々のあいだの格差は開いていくばかりである

いくら再生可能エネルギーが軌道に乗ったとしても、我々がこのような生活を
今後も続けていく限り、エネルギー不足、資源不足は常態化し、いつか破綻する


私は長いこと生きてきているから、言う。
何も、拡大していくことばかりが経済の活性化に直結しているとも限らない。
人間はもう少し生活の規模を縮小しても、十分楽しく生きていける、と。
生活を楽しく縮小することを考えようではないか。

4)私のささやかな提言

電気の使い方や冷暖房のあり方を再考する
まず、家を丸ごと温めるのは、病院などのどうしても必要なところ以外はやめよう。
オール電化住宅。いかにも聞こえはいいが、要するに電力会社が電気を湯水のように
使わせたいから推進しているだけだ。電気自動車もしかり。
とにかく電気を使うことを抑えていくこと。
家には太陽光発電の設備をつけることを国ぐるみで推進する。
窓は二重サッシにして、暖房冷房効果を高める。
外気の温度差、を利用した冷暖房設備なども実用強化可能である。
昼間の太陽熱を蓄熱したり、庭の木陰の涼しい空気を、ダクトで地下から
家の中に引き込んで、家を冷暖房する、などということも現実にできるそうだ。
小規模で、地域限定であっても、雪を利用した冷房システムなど、
利用できるものは活用しきって、枯渇エネルギーをなるべく使わない工夫を考える。

②車社会からの脱却を図る。
いずれ、車は全世界レベルで、他の交通システムに変えなければならない時代が
必ずくると私は思っている。
電気自動車がいくらクリーンだと言っても、原発をそのために増やすのではしようがない。
公共交通網の整備充実はいずれきっと再び必要になってくると思う。
路面電車を復活させる。電車、バスなどの交通網を充実させる。
デンマークなどのように、大都市の自動車乗り入れは制限し、自転車を活用する。

③教育の再生
アニメの殿堂や学力テストなどというものに、数百億円というようなお金を投入するのはやめ、
教育費補助の充実や、大学の研究費などの充実を図って、次世代の有能な
担い手を育て上げる。
教育。これほど大事なものはないのに、現実にはそのための予算はどんどん
削られてきた日本。本当は何がなくても、ここだけはお金と手間をかけなければならないところなのに。
日本の教育にかける費用と意識の低さは、いずれこの国の力を確実に殺いでいく

④食糧自給率を何としてでもあげる
農業。林業、漁業などの再生。それらの担い手が、それでもって満足できるだけの収入を得られ、
次世代が誇りを持ってそれを継承していきたくなるような方法を、
ただのばらまきでなく、システムの根本的な見直しを図って実現していく。
私たち国民自身の意識改革も必要。食の安全に目を光らせ、
見かけ倒しの立派さに目を奪われない。安さにのみ価値を置かない。
まっすぐで揃っているが、固いインゲンやキュウリ。
地場産の安全でおいしい野菜が手軽に安く手に入るようなシステム作りをする、など。

⑤土木建築に携わる者が、労働者の10人に一人、というような、土建国家体質は
徐々に解消する。
新しい道路を建設するより、駿河湾を震源とする今回の地震で露呈したような、
既存の道路の地震への弱さを強化整備するなど、仕事を減らさないで、国民の生活を
豊かに安全にしていくことに目を向け直す。
例えば普通の道路の端の、人や自転車が通行する部分だが、度重なるガスや
水道などの補修工事のせいか、目が見える私でも、危ないなあと思うくらいでこぼこである。
そこにさらに、電柱や下水の蓋などが出ばっていて、これでは目の不自由な方や
お年寄りは歩くに歩けないだろうなあ、と心配になってしまう。
これは地方政治のなす分野かもしれないが、このような、生活道路の見直しや
電柱の埋設化を進めるなど、いくらでも土木分野ですべきことはあるではないか。
大きな道路をドーンと通して大儲けしようと思うから、そこに巨額のカネが動き、
それに群がる道路族やロビイストなど、不正の温床となったり、本当の意味での
庶民のための政治ができなくなったりするのだ。
箱ものをとにかく作りさえすればいいという考えを改め、学校の耐震化や、
アスベスト対策。既存の建物の耐震化と有効利用などを考えていく

たとえば、空室がたくさんあって困っている旧日本住宅公団、現都市整備機構の
建物などは、内装を思いきってお洒落にして、付加価値をつけるとか
逆にうるさい条件を付けず、若い人々も安く入れるようにして、そこに
特長を持った文化圏を創生するなど、いくらでもアイデアはあるはず。
ついでに、どの都市も均質化してしまう街づくりの在り方を根本から変え、
それぞれの地域の文化の独自化を進めて、地域生活を豊かにしていく。

⑥日本の技術力の保護と次代の担い手の育成
私はかつて、日本にも、ドイツのマイスター制度のようなものを導入したら、と
考えていたことがある。しかし、当のドイツでも、このシステムは国際間の競争
などということもあって、弱体化していっているらしい。
だが、日本の若者の将来を決める道は、あまりにも細い一本道である。
つまり、大学に順調に入り、順調に就職しないとあっという間に落伍者になりかねない
という、今の現実。

ここに、職人の道、農業、牧畜、福祉・・・・、様々な道を用意し、そこで十分な訓練をさせて、
大学に行かなくても世の中から尊敬を集められるマイスターの称号(名前は何でもいいが)と、
十分な収入、プライドなどが持てるルートを用意することが必要だと思うのである。

さて思いつくままに挙げてみた。当たり前のことばかりのようで恥ずかしい。
しかし、この当たり前のことが現実にはまるで出来ていないのだ。
皆が知恵を出し合って、もっともっと真剣に考えれば、エネルギーの無駄遣いを減らしつつ、
雇用や夢を生み出す方法はいくらでもあるだろう。

幸い、世界ではオバマ大統領になったことによって、核廃絶宣言など、
改革の機運が生まれたところである。
今日は、衆院議員選挙。
この国を変えるのは、私たち国民しかないのである
希望を持って、大きく国を変えていこう。これが私からの最後のメッセージ。

No.139 / 思うこと / Comment*2 / TB*0 // PageTop▲

2009.08.29  原発記事のまとめ そしてお別れ その三 <<12:57


(2)原発をなくすために

①原発反対派はエネルギー問題と地球温暖化のこともむしろ深く考えている
「私は原発反対です。」と言った時に最も多く受ける質問は、
「石油資源はいずれ枯渇する。その代替エネルギーとしては原子力発電しかないだろう。
原発に反対するなら、代案を出せ。」
ということである。
また、さらに重要なのが、「地球温暖化は容赦なく進んでいる。石炭石油などCO2を
多く排出するエネルギーに変わり得る、『クリーン』なエネルギーは原子力しかない。
原発に反対するあなたは、地球温暖化に無関心か無知なのか。」

という質問に対する答えであろう。
原発反対と言うからには、これは逃げるわけにはいかない問題である。

まず、質問に答える前に、「原子力発電も、無限に近いエネルギーでは
ない
」ということを言っておかねばならない。また、「原子力発電は決して『クリーンな』
エネルギーなどではない
」ということも言っておかねばならない。
石油資源は40年くらい、天然ガス60年、 石炭は130年くらいもつと言われている。
それに対し、未来のエネルギーの中心のように言われる原子力も、
ウラン鉱石のo推定埋蔵量は70~100年と言われる。つまり、ウランとて、有限なのである。
これを、仮にプルサーマルがうまくいって引き延ばしたとしても、100~130年である。
原発を推進しても、今徐々に止めても、いずれ人間はこれらに代わるエネルギー源を
見つけなければならない。
代案を考えねばならないのは原発賛成派も同じだ、ということにならないだろうか。
これは原発賛成・反対の立場などを越えて、共に考えねばならない問題なのである。
第二の質問だが、私は、『反原発=地球温暖化に無関心』という図式自体が
そもそも違う
と思っている。
反原発派は地球温暖化に無関心、などでは決してない。むしろ関心は高いと思う。
地球の未来、環境を守りたい、ということでは、原発に反対することと、温暖化を防ぐことの
意識はまったく同じなのである。どうして無関心、無知でいられようか。
同様に、『原発推進派=地球環境に関心が高い』ということでは必ずしもない
ということも言っておこう。
原子力発電や核開発に絡んで、その過程で大量に出る放射性廃棄物。
それは数代にわたって数十年、数百年と監視し続けなければならない、とんでもないゴミである。
その永久処分の方法さえ確立していないのに、さらに原発を増やすのか。
一旦大事故が起きて不毛の大地となってしまった環境の問題をどう考える?
そういうものを「クリーン」と言いはること、それでどうして、地球環境を守ることに関心が高い
などと言えようか。私はそれには大きな疑問を抱く。

②再生可能エネルギーの将来。原子力や石炭・石油などの枯渇エネルギーに代わり得る再生可能エネルギーとして、
次のようなものが考えられる。

・太陽光、太陽熱発電  ・風力発電        ・地熱発電  
・水力発電         ・潮力、波力発電    ・バイオマス   など。


また、再生可能な燃料を用いて生産するならば、
・水素エネルギー     ・燃料電池        ・廃棄物
などをここに加える。

さてこれらが、現在、日本では総発電量のうちのどのくらいの割合を占めているか、というと、
全部ひっくるめても、2~3%にしか過ぎないという。原子力が30数%を占め、さらにこれを
40%にまで政府は持っていこうとしているのを考えると、あまりにもわずかである。

また、例えば、太陽が照っていないと出力が弱るとか、風が吹いていないとだめだとか、
エネルギーとしての安定性を問題視する人もいる。
また、コスト高なこと、設備投資費や解体費がかかることなどを欠点としてあげたり、
発電する場所と使用する場所が離れていると、送電線などの建設費がかさむとか
言うことが問題視されている。
しかしこれは、原子力発電についても、実は殆ど同じことが言えるのである。
原発は常時稼働させていないといけない。これでは安定供給とは言えない。
地震等で一時停止するということにでもなると、1日に1億円近い損失だという。
コスト高、また発電所が遠隔地にあるなどという点では原発の方が実は
事情が悪いかもしれない。

実は安定性やコスト高などの問題の殆どは、太陽光、風力などの再生可能エネルギーの
研究がさらに進んでその性能を強化することによって、需要が大きくなり、
普及が進めば、ほとんど解決される問題だそうである

もし、人類が、4、50年前、いや、石油資源の枯渇が問題にされだしてから、
それに代わるエネルギーとして、原子力でなく、太陽光や風力を選択していたなら、
今、それらは原子力よりさらに安定した電力を我々に供給していてくれ、
しかも、何十年も何百年も監視しなければならない放射性廃棄物などという厄介な
しろものも抱えこまずにいられたかもしれないのである。


これら実用化されている再生可能エネルギーのうち、風力発電などは
化石燃料以上の性能を持つ、とも言われている。
風の強さにより、出力が不随意である、ということなどが、よく批判の理由にされるが、
それらも対応できない問題ではないとされる。
現にデンマークでは2006年時点で、国の電力の20%を風力で賄っており、さらに
増やす予定であるという。またスペインでは多い時で4割。平均で28%に達した時期も
あるなどの報告もある。国の電力事情も違うし、風の吹き方もこれらの国と日本では
当然違うが、これに近い数字は日本においても風力発電で賄える可能性があるということ
である。

またドイツはご存じのように、原発を放棄したり、リサイクルに力を入れるなど、
先進国中でもさらに環境先進国である。そのドイツでは、固定価格買い取り制といって、
再生可能エネルギーの設備を導入した時点で、そこから供給されるエネルギーの
買い上げ価格を一定期間[20年など]保証するという制度をとり、市場拡大に
力を入れてきた。その結果、買取にかかるコストを含めても、許容範囲内のコストで、
2020年までに電力の25%を再生可能エネルギーで賄うことができるそうなのである。
これは原子力による場合とほぼ匹敵する数字ではないだろうか。

それに引き換え、日本では、原発による発電量を40%にまで上げるなどということを
まだ現政府は目標にしている。
なぜ、日本はそう原子力発電にこだわるのであろうか?
石炭・石油と同じような枯渇エネルギーであり、危険な核のゴミを大量に出す原発。
これにそうまでこだわるという理由は、電力会社と政治の、何か癒着があるのではないかと
勘ぐっても見たくなる。
あるいは、やはり、原子力発電≒核兵器の図式は正しいのではないか、との疑いも
再び胸の内に生じてくる。「核の平和利用」を謳ってはいるが、いずれ核兵器を
もつことを念頭に置き、原子力発電を手放せないのではないか、と。

再生可能エネルギーには希望の持てるものが、まだほかにも地熱、バイオマスなど
たくさんある。
バイオマスでは、本来食料であるトウモロコシをバイオエタノールにするなどというのは
愚かなことで、私は絶対に反対
であるが、間伐材をペレットにして効率の良い燃料にする
とか、家畜の糞尿からメタンガスを生成するとか、家庭から出る廃油を自動車燃料にするとか、
おからその他の大量の食品廃棄物、生ゴミ、稲や麦の藁、もみ殻など、
これまで捨てられていたものからもエネルギー
は取り出せる。

確かにこれらは、原子力に比べれば、ささやかなエネルギー源であるかもしれない。
しかし、本来捨てられる筈であった物から、新たなエネルギーを生み出せ、しかもそれが
今日本が産業界や家庭から出す大量の廃棄物のリサイクルにもなると思えば、
これは、ここにもやはり開発費をつぎ込んで、効率化し、大きなエネルギー源として
活用すべきではなかろうか。

こういうものに関してよく問題にされるコストの問題や輸送にかかる費用なども、
これらが普及すれば解決され得る問題である。

また、小さな取り組みかもしれないが、外気の温度差をうまく利用して、冷暖房に使う住宅
などもある。
地熱発電は、太陽光と同じ、膨大な、しかも半永久的なエネルギー源である。
もっと費用をかけて開発実用化に取り組んでいいのではないか。

再生可能エネルギーには大きな将来がある。
国際エネルギー機関の2008年の報告によれば、世界が積極的に再生可能エネルギーに
取り組めば、2050年までに、エネルギー部門からの温暖化ガスの排出量を半減するとともに、
再生可能エネルギーが発電量の46%を占める見通しであるとiうことが提示されている

(Wikipadea) 

ドイツでは電力の50%を再生可能エネルギーにするという目標を、当初の2050年から
2030年には達成
できると見通している。
アメリカでも、オバマ氏の「グリーン・ニューディール政策」により、2011年までには、
再生可能エネルギーは、ドイツを超える市場規模になり、この部門だけで50万人近い
雇用の創出が見込まれ
ている。(Wikipedea)
世界はすでに、再生可能エネルギーを未来のエネルギーの中心になるものとして
その開発普及に大きく一歩を踏みだしていると言えよう。
再生可能エネルギーは半永久的、かつ膨大な資源量を有ししかもクリーンな
エネルギーでもある。技術的に利用可能な量は、少なくても現在の世界のエネルギー需要の
約20倍もあるという。
(Wikipedea)

また、再生可能エネルギーは概して大きな施設や広い場所を原子力ほどには
必要としないものが多くある。
ということは、建設のコストが原発ほどにはかからず、貧しい国でも、小規模の
再生可能エネルギーによるエネルギー確保が出来る
ということでもある。
地熱、太陽光は、地球上の全ての地域で殆ど差別なく活用できる。これは、地球の半分を占める貧しい国々にとっても、それを支える我々先進国の
人間にとっても、考慮に入れるべき大きな利点ではあるまいか。


③なぜ、日本はいつまでも原子力に頼るのか
日本でもこれらに倣って、環境省も動き出してはいるが、まだ、原子力にも力を入れる、
という発想から抜けられないでいるようだ。
この、既存の枯渇性エネルギー、とりわけ原子力には既に多額の補助金が
つぎ込まれ、そこで生まれた政官民の利益共同体ががっちり手を組んでいる。
そこで生まれた利権を手放そうそうとしない人々が多くいる、ということである。

決して、原発が「クリーンで環境に優しい」からなどではない。
また、膨大な投資と宣伝活動によって原子力発電は既に普及して、安価で流通している

これらのことが、再生可能エネルギーを推進普及させるための大きな障壁になっていることは
否めない。
もし、原子力発電にこれまでかけてきた、そしてこれからさらに増設しようとしている
原子炉などにかかる費用を振り向けるならば、
そうして原発推進にかけてきた宣伝と同様の熱心さでこれらの再生可能エネルギーを
普及活動していくならば、日本もドイツのように、これらを本当の未来のエネルギーとして
位置づけていくことができるはずなのだが。





No.138 / 思うこと / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2009.08.28  原発記事のまとめ そしてお別れ その二 <<01:20


④原子力開発の暗い歴史が恐怖の原因
原子力発電に携わっている人々は、反原発の立場を取る人々の頑迷さに
ほとほと困り果てているのではなかろうか。
「何重にも事故防止策がとってあるから大丈夫」と言っても信じない。
ひたすら、危ない危ないと恐れるだけ。
原発を止めるたいのなら、その代案を、と言っても、それは出せない。

原発に反対する者はなぜ、このように、原発を恐れるのか
理由の一つは、原子力発電と、核兵器を切り離して考えられないから、というところに
あると思う。「原子力」に暗いイメージを持っているからである。
原子力発電≒原子爆弾、という図式が、私の頭の中にもこびりついている。
これは、やはり、無知からくる思いこみ、と言えるだろう。
原子力発電には反対しても、医療用に原子力を使うのには反対しないのなどがこのいい例である。

それを認めて、なお、私は問いかける。
「原発などの核の平和利用と、核兵器開発は別物」というのは本当なのだろうか。
一応分けて考えるべきなのだろう。
しかし、原子力発電所をもちながら、核兵器を所有していない国は、
先進国中、日本とドイツくらいのもの。
ほとんどの国で、原子力発電所と核兵器開発は分かちがたく結び付いている。
電力と核爆弾。出てくるものが違うだけで、ウラン鉱石の採鉱から核のゴミの問題まで、
原子力発電と核兵器開発は、ずっと同じ軌道を走っているともいえるのである。

核開発の歴史を見てくると、その非人間性に身震いせずにはいられない。
それが、電気と核兵器では目的がまるで違う、とわかっていつつ、私が原子力発電に
暗い陰を見てしまう、一つの理由にもなっているのではなかろうか。
少しそれを見てみよう。

(i) ウラン採鉱の悲劇
日本ではウランがほぼ採れない。アメリカなどからウラン鉱石を購入している。
このアメリカのウラン採掘の歴史には、アメリカインディアンへの差別の歴史があるのをご存じだろうか。
アメリカに入植した白人たちが、先住民であるアメリカインディアン達の土地を奪い、
彼らを狭い居住区に押し込めたことは有名でどなたも御存じであろう。
ところが彼らの強制移動させられた先の不毛な大地が、実はウランなどの鉱物資源が豊富だ
とわかってくると、アメリカ政府は先住民たちをそこから更に追い立て、ウラン採鉱を始める。
そうしてそこで、ウラン採鉱の労働者として先住民を雇うのである。
一見、インディアン達は雇用が拡大され現金収入も得られるようになり、いいことづくめのようだが、
就労する際に放射能のことなどは説明されず、彼らは長い間の低量線被曝によって、
極めて高い比率で癌、先天異常などをかかえていくことになる

アメリカの、ユッカマウンテンにおける西ショショーネ族、ニューメキシコ州における
ラグーナ族など。何も知らずウラン採鉱現場で働き、
ある者は、放射能を帯びた残鉱をもちかえって自宅の建設に使ったなどというのである。
アメリカの原子力発電はこうした先住民に対する差別の歴史と共にある。
そのアメリカからウラン鉱石を買っていた日本人が無関係であると言えるだろうか。
また、住民を金の力で説得して核施設を作り、微量といえど、空気や水、土壌に
放射性物質を放出し、農業漁業で生活が立ち行かなくなった住民を、原発労働者として
雇い入れる。何か起きた時の真っ先の被害者は彼ら、という構図は、
日本の核燃料サイクルの現場で行われている構図と全く同じである。



(ii)アメリカ、ハンフォード核施設の悲劇
鎌仲ひとみ監督の「ヒバクシャ――世界の終りに」
機会があったら、このドキュメンタリー映画を是非見てほしい。私はBSで観た。
この監督は「六ヶ所ラプソディー」という、青森県六ケ所村の核燃料サイクル施設の
ドキュメンタリーも制作している。

アメリカ、ワシントン州ハンフォード。
ここに、1943年から1987年まで約40年間にわたり、マンハッタン計画のもと、
核兵器用プルトニウムを精製してきた、一大核施設がある。
マンハッタン計画とは、第二次世界大戦中、枢軸国の原爆開発に焦ったアメリカが
原子爆弾開発・製造のために、亡命ユダヤ人を中心として科学者、技術者を
総動員した国家計画である。(Wikipedia)
広島・長崎に落とされた原子爆弾もその計画の一端。 
ハンフォードのこの施設は広さ1520平方キロ。他に原子炉、使用済み燃料の再処理施設、
米国最大の放射性廃棄物貯蔵施設などもある、広大な核施設である。
このハンフォードという場所で長年にわたり政府によって行われてきた核開発の影響で、
風下に住む住人が、多く癌や奇形児出産などの被害を受けて続けてきた。

私がショックを受けたのは、ハンフォードを運営するアメリカ政府や原子力関連大企業の
非情さ、にである。ハンフォードはコロンビア川に近く冷却水を手に入れやすい。
また辺境の地であり、秘密裏に実験しやすい、という理由などから選ばれた一大核実験場。
大戦中のピーク時には技術者ら約5万1000人の労働力が動員され、
3基の原子炉をはじめ、ウラン燃料工場、再処理工場などが建設運営されていた。
会社は核開発で汚染されたこの広大な実験場の周辺地を、退役軍人などの家庭に
安く払い下げる。
そうして、1940~50年代に、故意に放射性物質を大気中に放出したのである。
これは後にアメリカ政府も認めていることだ。
いわば、人体実験が秘密裏に行われたのである
放射能で汚染された土地で育つ牛などのミルクや農作物。また水などの人体への
影響を調べるためだった。
ハンフォードではその他にも、放射能の影響を調べるための十数種類もの人体実験を行っていた
ジェネラル・エレクトリック(GE)社から引き継いだバッテル社の研究所が、51年から75年までに
実施していたと明らかにした一連の実験がそれである。
少なくとも319人の患者や従業員などが参加させられていたという。
【63年から翌年にかけて、リン32を5人の患者に注射し、体内への吸収率を調べた。
これは同工場の原子炉の冷却水によって魚介類が汚染されたため、
これらを食べた時の影響を調べるためだった。
赤血球への影響を知るために、130人の患者やボランティアに
放射性の鉄やクロムを注射したこともあった。また、GEの従業員15人が、
職場での被ばくを防ぐためにトリチウムが含まれている水蒸気をかぐ
実験もしていた。
一連のこれらの実験はエネルギー省の前身である原子エネルギー委員会や
厚生省などが実施。しかし、実験に参加した患者らが、どういった影響を受けたかは
明らかにされていない。】(朝日新聞 1993/12/24)  

ハンフォードの核施設の風下に住む住民や家畜からは、奇形などの先天性異常、
流産、癌死など、多くの異常
が見られが、それが長い間、日常化していたため、
住民らは異常とさえ気づかなかったという。
また、周辺の広大な農地では、ジャガイモ、小麦、牧草などの農業が盛んで、
その放射能汚染された農地で作られたジャガイモや牧草は、ポテトチップス用や
牛の飼料として我が国にも、多く輸入されているという


また鎌仲さんのドキュメンタリー映画は、原子力発電事業の過程で生まれる劣化ウランが
イランなどで兵器として使われ、そのために白血病で苦しむ子どもたちなどのことにも
触れている。

日本では原子力発電に伴い、今も大量の劣化ウランやプルトニウムを生み続けている。
さすがにこのような非情な人体実験などは、我が国では原子力開発の歴史の中で
してこなかった。
それゆえに、「原子力の平和利用」という言葉がそれらしく聞こえるのである。
しかし、それだからと言って、ハンフォードのような悲惨な歴史と無関係だと言えるだろうか。
放射性物質の影響は長く、大地や水、空気を汚染し続ける。
私たちは現実にここハンフォードで採れたジャガイモで出来たポテトチップスを
食べているかもしれないのだ。
また、先住人の土地を金の力で接収し、核施設を作ってそこから放射性物質を
大気中、川、土壌などに微量といえど放出し続ける。
周辺住民に危険の説明は詳しくは行われないか全く行われず、
住民の健康への影響はないと言い続ける。
もし、癌死などが多く発生しても、各施設との因果関係は科学的に立証できない、として
責任を負わない。
この構図は、日本も全くハンフォードと同じなのではなかろうか

これは原子力開発に限らず、足尾銅山の鉱毒事件、三井金属鉱業神岡事業所による
カドミウム汚染で神通川流域に発生したイタイイタイ病、また水俣病、など、
日本で起こった、大企業による悲惨な公害事件も、構図はみな似ている。

原発問題が数多くの問題を象徴している、と私が思う、これも一つの例である

(iii)広島・長崎に落とされた原爆も、壮大な人体実験
広島に原爆を投下する前、アメリカの原爆の研究者は、投下後、どれくらい経てば
安全に米軍の調査団が広島に入れるか、ということを厳密に考慮計算して
原爆のウランの量を調整したといわれている。
原爆による人的被害のデータを取ることを念頭に置いて、日本に原爆を投下し、
戦争に勝つことをすでに確信し、調査団を送り込むことまで計画して原爆を設計する。
その科学者たちの心性に、私はぞっとするものを覚えてしまう。
「原爆投下はこれ以上双方の犠牲者を増やさないため、戦争を終結させるための
人道的措置」。こうアメリカは今でも繰り返しているが、
あれは壮大な人体実験以外の何物でもなかったと私は思う。

原爆を落としておいて、その被害を調査しに行く。
落とされた日本人の方は、放射線、放射能、という言葉さえ知らず、どうしていいか
治療法もわからぬままに、必死になって火傷には塗り薬を塗る、くらいのことしか
医師団にはできないのである。人々は苦しみながら死んでいく。
その様子をアメリカの調査隊は冷徹にフィルムに収めていく。
その資料は長らく日本には公開されなかった。
医師団への資料公開やアドバイスなどというものもなかった。
その、冷徹さ、というか、残酷。
核開発の底にある心性を、私はそこに見てしまうのである。

(iv)チェルノブイリの悲劇
これについては、私が長々と説明するより、You Tube などに、爆発直後の発電所の様子や、
殆ど何も説明も受けずに駆り出され、防護服らしきものも付けず、手で、高レベルに
汚染されたコンクリート片や鉄などを必死になって片づけている労働者、
また、放射線焼けで真っ黒になった顔でぐったりと横たわる被害者、それを運ぶ医療チーム
などの映像が配信されているので、是非あなた自身の目で一度でいい、ご覧いただきたい。

チェルノブイリのと日本の軽水炉などでは構造が違う。日本の原子力発電所では
チェルノブイリなどのような事故は構造上起こり得ない。
そう、電力会社などが言うのは事実 なのだろう。
しかし、日本は他の先進国と違う事情もある。
狭い国土に55基もの原子炉。政府はこれをさらに20基ほども増やしていく計画である。
まして日本は地震国。
広大な地域に人間の居住区から隔離させて原子力施設を建設できる
アメリカ、旧ソビエトなどとは原発の立地条件も地盤の状況も違う。
自然災害はいつ、人間の想像を超えた規模で襲ってくるかわからない
これから次々に老朽化を深めていく日本の原発。
日本の原発は大丈夫」という言葉。
その言葉を発し、建設にゴーサインを出した人々は、その頃もう責任をとれる立場から
引退し、責任の所在は歴史の中にうずもれてしまう。
いったい誰がその時、責任をとるのだろうか。

また、チェルノブイリの場合は、旧共産圏であって、命令系統の統制は良くも悪くも
とれていた。だから、高レベルの放射能で汚染された現地に、数十万とも言える人々を
強制的に送りこみ、汚染されたコンクリートや鉄骨などを片づけて
核の棺を作る作業に携わらせることも出来た。
日本でもし、これほどまでとは言わずとも、大きな核施設の事故が起きたらどうなるのだろう。
日本の非常時の指揮系統は大丈夫なのだろうか。どうもなんだか頼りない。
総理大臣が中心になって緊急対策をするのだろうが、放射線を出し続け、近づけば
死と直結、というような危険な現場に、いったい誰が行って、核分裂をとめるのだろうか。
高レベルに汚染された跡を、いったい誰が片づけるのだろうか。

自衛隊?警察?消防?
防護服の装備は?
医療チームはどう組織する?日本の医療現場に核事故の心構えと備えがどれほどある
住民の避難はいつどこまで行い、その方法と経路は?
狭い国土の日本で、非難する場所が迅速に確保できるのか?
そういったことを全て想定して、政府、電力会社、各核関連施設、また推進派の
科学者たちは、核燃料サイクルを進めようとしてきたのであろうか

それも、私が心配なことの一つである。

日本の危機管理は先進国の中でも甘い方なのではないだろうか
高温多湿の夏には沈静化すると言われる新型インフルエンザ。それが夏にも
流行し、死者まで出した。この秋から冬の流行が心配である。

私は安全対策というのはやりすぎる、と言っていいくらいやった方がいいと思っている。
後で、あれは過剰だったと思われてもいいのである。
事態を甘く予測して、悲劇を引き起こすよりは、「あれは無駄だったね。」と笑って
話し合える方がいいではないか。
私は対策不足の政府関係機関は批判するが、やり過ぎだったということでは絶対に
彼らを非難しない。それくらいでいいのである。
事故対策というものは、常に最悪の事態を想定して行うべきものだと、私は思っている。
また、大変な事態になりそうだからと言って、絶対にそれを国民の目から隠匿しては
ならない。事故初期段階における責任者の妙なプライドや意地、面子などというものが
事故の傷口を大きく広げてしまうことを、私たちはチェルノブイリの悲劇から学ぶべき
である。

                                        この記事はまだ次に続きます





No.137 / 思うこと / Comment*2 / TB*0 // PageTop▲

2009.08.27  原発記事のまとめ そしてお別れ その一 <<13:38


11.原発記事のまとめ そしてお別れ

これまで長々と、原子力発電について書いてきました。
沈丁花がまた元のような思い出の記事を書くのを辛抱強く待っていてくださった方も
いらっしゃるのではないかと思います。また、このような堅い記事内容に対しても、
賛成反対の立場にかかわらず、真剣なコメントをくださった方々もいらっしゃいます。
皆さまに心からのお礼を申し上げます。

実は私、この原発の記事を書きあげ、あと一つだけ、思い出の記事を書いたら、
ブログを閉じるつもりでいます。
一月にブログを始めて8か月。
その間も何回か、自分のブログに対する気持ちの持ちように疑問を感じ、
やめようとしたことがありました。
それでも続けて来られたのは、皆さまとのコメントのやり取りなどが楽しかったからです。
しかし、6月。もう書きたいことは大体書いてきたし、やはり、ブログを閉じようと、
思う気持ちが強くなりました。
途中、目を悪くしたりして、予定より閉じるのが遅くなってしまいましたが、
その間に私は62歳になりました。
もうすぐお別れです。これからはまた少し、静かに考えを深める時間を持ちたいと思います。

私がなぜこのように原発にこだわり、最後の記事としたのか。
それは、この問題が、これまで私がなんとか伝えたい、と思ってきたことの多くを
象徴している問題のように思えるからです。
それをこれから述べていきますので、あと少し、我慢してお付き合いください。
お願いいたします。

(1)私はなぜ原発に反対するのか

①原発推進派、反対派の立脚点の相違
原発推進に賛成する側と反対する側とでは、立脚点がそもそも違うような気がする。
推進派は、これまで日本では原発が暴発したことなどない、という、
過去の実績という観点から、これからも安全だろう、と推論。

反対派は、いままではなくとも、これから起こるかもしれない、という
先のことに目線を置いて考えている

ある意味、どちらも正しいのであろう。そしてどちらにも偏りがある。
双方が、自分の考えに都合の良いような資料を持ち出してきて、自分の考えの方が
正しい、と主張し合う。
実は私自身も、過去の記事で、自分の論を展開するために、原発推進をした人々の、
オフレコに近い感想をわざと採りあげ、結果的にまるで彼らのやってきたことが
愚かなことに見えるようになるという、意図的な記事の切り貼りを行ったりしている。
tweedle 様から、そのような手法はよくないのではないか、というご指摘をいただき、
実は自分自身も、これは、卑怯な挙げ足とりであって、こういう意図的な編集の仕方は
まずいよなあ、と思いつつしたことだったので、全く、心から恥じ入っている。
私は人の話の挙げ足とりや、「公正でないこと」を憎む気持ちが強い人間である。
それなのに、自分の論を通そうとすると、そのような「不公正な」手法も採ってしまう。
本当に恥ずかしいことである。

推進・反対、どちらの考えを持っているにせよ、原子力発電の未来を決定するのは
私たち一人一人の意思である。
賛成・反対の論議は感情的に行うべきではなく、
冷静に事実を分析し、皆の知恵を出し合って解決していく必要がある。
原発事故によって大きな被害を現世、後世にわたって残してはならない。
そのことを念頭に置いて、まとめを書いていきたい。
これまで、原発に関心のなかった人も、少し興味を持ってくれるように
なっていただけたら、と思う。

②原発は未来の世代に負の遺産を残す。

自動車事故、飛行機事故などと原発事故が根本的に違うのは、
致命的な規模の原発事故が起これば、それは、その時、その場に生きていた人や
動植物だけではなく、10年後30年後、100年後、200年後と、
後々の世代の人々や動植物などの環境面などにまで、禍根を残す「負の遺産」である

ということである。
これからもおそらく、原発の数は世界でも日本でも増え続ける。
チェルノブイリ後、一時は脱原発の動きもあったが、地球温暖化問題で、
原発は、それが本当かどうかはともかく二酸化炭素を出さない「クリーンな」エネルギー
とされて、それが原発推進の追い風となり、日本では総電力量に占める割合を、
今の30数%を今後40%まで上げる方針である。
これからは、開発途上国も漸次原発事業を推し進めていくだろう。
ウラニウムも石油や石炭と同じように資源に限りがある。
たとえプルサーマルを行って、70年もつものが100年に延びたところで、
原子力発電にもいずれ資源の枯渇、という事態はくる。

それなのに、世界は今ある430基以上の原発を、さらに増やしていこうとしている。
世界の原子力発電所の原子炉は老朽化が進んでいるものも多い。
どこで、いつ、原発自体や関連施設の大事故が起きてしまってもおかしくない。
原子力発電の過程で出る劣化ウランやプルトニウムなどは核兵器の材料となる。
しかも、大量の高レベル廃棄物の処分場問題さえどこの国でも完全な解決法は
見出していないのに、である。
日本の原発施設の貯蔵プールで、絶えず冷却水で冷やされながら、
静かに眠る使用済み燃料。少しずつ鉄錆が剥離していく。
最終処分場が見つからないために、中間貯蔵場や各原発の地下に仮置きれた
放射性廃棄物の入った大量のドラム缶。
これも年々さびや剥落が進む。
使用済み燃料から必要なウランやプルトニウムを取り出した後の、
いわゆる死の灰を含む廃液は、ガラス固化体の形で、キャ二スターという容器に
詰められ、最終的な埋設処分地が見つかるまで中間貯蔵されている。
これは非常に高い放射能と熱を発する高レベル放射性廃棄物。
地下深く埋設するまでに30~50年、冷ましておく必要がある。
六ヶ所村の貯蔵所では、このキャ二スターが9層に積み重ねられて貯蔵されている。
ここでも、高い熱や放射能によって、劣化は進み、腐食が起こってくる。
大地震などで、これらが崩壊すれば、いったいどういうことになるのだろうか。
人気もなく静まり返ったそれらの貯蔵所の風景は、私には現代文明の巨大な墓所
にしか見えないである。
また、原子力発電所そのものも、いずれ近いうちに老朽化し、順次、廃炉となる。
これは巨大な放射性廃棄物となって、その処分方が又大問題となる代物である。

このようなものを現代のわれわれは、自分たちの快適な生活のために
次から次へと作ろうとしている。
空気、水、土壌、全てを汚染して人の住めないような場所に
してしまう大事故が発生したとしても、原発推進した当の責任者はもういず、
その責任は30年後・・・、100年後・・・、誰も負えないのである
現代の我々が建設しその恩恵を享受した核施設のつけを未来の人々が負う。
こんな、理不尽なことがあろうか。
都会の華やかな快適な暮らしのつけを、遠く離れた海辺の町や村の住人が負う。
こんな理不尽なことがあろうか。
私たちは私達の時代さえ快適ならば、それでいいのだろうか。

アメリカ合衆国には、中西部・南西部の、サウスダコタ、ネブラスカなど8州に
およんで広がっているオガララ帯水層と呼ばれる、世界一の地下水帯水層があることを
ご存じだろうか。
グレートプレーンズと呼ばれる大平原が広がるこの地域は、ほぼ全域がステップ気候に属し
全体的に降水量が少なく、河川や湖沼などの地表水が少ない。
そのため、この帯水層の地下水が重要な水道水源、農業用水源となっている、という。
その世界一と言われる規模の帯水層の水が、場所によってはその90%までが
既に汲み上げられてしまっていて(データ:アメリカ地質調査所)、
一説には2020年までには枯渇してしまうだろう、と言われているそうである


これは近年の大規模なトウモロコシ栽培農家などが、巨大なスプリンクラーを何基も
設置し、どんどん地下水をくみ上げて来たことがその大きな要因である。
アメリカ中西部、南西部はもともと降雨量が少ない。
何千年、何万年とかけて少しづつ地中に浸みこんできた貴重な水。
これは、人々の飲料水、生活水ともなる水である。
それを高々この数十年の間に90%以上も汲みつくしてしまうとは。
それも、個人の農家の利益のためにである。
「地下水を汲みつくしてしまったらどうするんですか」というテレビクルーの質問に、
大農場の農場主は、「なあに。その時は農業をやめるだけさ。」
と明るく笑って答えていた。
彼の視点の中には、他人への視点、とりわけ後代の人々への配慮という視点が
欠落しているように思えた。

原発問題が、他の多くの問題を象徴していると私が言うのはこういうことである。
一つの時代の人々が、地球の資源を使い果たしていいものだろうか、ということ。
一つの時代の人々が、自分たちの生活の快適さや個人的利益を追求するために、
後世の人々も平等に受けるべき権利を剥奪していいものだろうか、ということ。

ある時代の欲深な大農場主達が地下水を汲みつくしてしまう。やがてそこは
農業など出来ないパサついた土地となり、耕作放棄された荒地となり、
いずれは砂漠化していくであろう。
これも立派な、「負の遺産」であると言えよう。

地球の資源を使い果たすということでは、石炭、石油、ウラン鉱、希少金属なども
同じことが言えるが、これらについてはあとで述べる。


③原発を恐れる者は臆病者か
原子力発電や戦争に反対するものを揶揄する風潮
が日本にはないだろうか。
ある種の人々を軽んじる日本の風潮に対する怒り、というものが私には常にある。
ある思想を持った人々をなんとなく軽んじ、その発言さえ封じる、
といった傾向がこの国にはいつからか生まれた
ように思うのである。
テレビ番組などの出演者にもそういう人々がいる。
たとえば、ある司会者だが、特定の政党の政治家が発言しようとすると、その声を
かき消すような大声で、発言を遮ったり、フンと鼻で笑うような表情をして見せる。
例えば、ある政治トーク番組の常連出演者である人々。野党の議員やそれに近い考え方をもつ
人々が何か喋ろうとすると、大声を出して威圧して、発言を抑え込んでしまおうとする。
時には、威嚇的な顔、威嚇的な言葉で恫喝する。
彼等は現役時代、こうやって自分の意に添わぬ者を恫喝排除し続けてきたのではなかろうか。
テレビのこちら側でそういった一種のショー化した政治的いじめを見て笑い転げる人もいるだろうが、
私はショーといえど、こういう、人を大声で威嚇するような人間が嫌いである。
先の大戦中の大政翼賛会の演説や、学校などあらゆる場で行われてきた軍国教育と
思想の締め付け、それらを思い起こさせてしまうからである。
お国の方針にはもの言わせぬ、という雰囲気。
反原発運動をしている人々などに対して、これと同じような反応をする人がいまいか。
また、反原発運動に限らず、男性が女性を、
年長者が年下のものを、
上司が部下を、
力の強いものが弱いものを、
権力や威嚇でもって抑え込もうとすることを私は憎む。

この構図は実は人間生活のいたるところで、今も見られる傾向である。

反原発運動をする者は、非科学的な臆病者なのだろうか。
先々の起こってもいない事故のことを心配して、開発に二の足を生み進歩に
背を向ける人々は臆病者なのだろうか。
そういった意味では、確かに私自身は大変に臆病であるかもしれない。
臆病と言われてもいいと思っている。
原発のことに限らず、あることを判断する時に、私は、常に、「命の安全」ということを
最優先する。命を脅かす危険性のあるものを避けようとする。

憲法9条を順守する姿勢を貫くこともその一つである。
戦争をはじめ、食の安全、各種廃棄物による空気・土壌汚染、薬害、
病院のたらい回しによる死、いじめによる自殺・・・・いろんなことに無関心ではいられない。
それらを恐れ、何とかしたいと思う気持ちは、原発に対する気持ちと全く同じである。

それは私が女であり、また子供を育てている身であったから特にそうなのかもしれない。
例えば、川の先に素晴らしい景観のところがある。そこでは仲間が待っている。
でも、川の水が少し増水している。渡れないほどではないが、急に増水する恐れが
なくもない。
そういったとき、私は、待っている人々をがっかりさせてでも、子供の手を引いて
引き返すだろうと思う。
「大丈夫。まだ水はそんなに深くないじゃん。今のうちにサッサと渡ってしまいなよ。」
という声に背を向けて。
臆病といえば、これほど臆病なことはないのだが、
私はむやみな勇気よりも、臆病を選ぶ。これからもそうしていくだろう。

しかしここで、公平を期するために言っておかねばならないが、
原発に関して、逆の構図もあリうるかもしれない。
つまり、原発反対派が、原発推進するものを責める、という構図もあるのではないか。
次の項でも出てくるが、アメリカ、ハンフォード。巨大な核施設があるところ。
ここの研究所で、推進を担ってきた、物理学、化学の博士号をもつ研究者が、
「核反対運動の人々に馬鹿者呼ばわりされる」とこぼしているシーンをテレビで見た。
「アメリカと日本では随分違うなあ、日本じゃ反原発運動をしている者が
非科学的とか臆病とか言われがちだが。」と感心したものだったが、
実は私自身の心の中にも、このような逆の心性があるのである。
「原発推進してきた人々は、原子力の恐ろしさについて無知か、鈍感かの
どちらかじゃないの?」と思う気持ち。

そこのところを、tweedle 様は、ご自身がかつては反原発運動をなさっていただけに
敏感に感じ取られたのではないだろうか。

反原発運動する者は、社会においては声が小さい。
それを大声で威圧してますます発言するのを封じるような人もいる一方、
反原発運動をする人も、対応にあたった電力会社、核関連企業の末端の社員に対しては、
「あなたたち何考えてるのよ」的な失礼な言動をしているかもしれない。
私自身の内にもそういう心がある。

要するに、弱い個体を寄ってたかっていじめる鳩のように、人間というものも、
相手が自分より下だとか弱いとか見てとると、威圧的に声を張り上げ、
発言さえ封じようとする、そういう心性を多く持っている生き物なのではないだろうか。
私自身の苦い反省をもってこれを書く。
人は意見が違ってもいい。なぜお互いの人格を尊重し合わない?
そこからしか、未来を救うような議論は出てこないのではないだろうか。




                                            この記事は続きます



No.134 / 思うこと / Comment*4 / TB*0 // PageTop▲

2009.08.08  エネルギー問題 その一 原子力発電 8 <<14:10


10.東海村JCO臨界事故


1999年、茨城県東海村のJCO で2名の作業員の方が臨界被曝事故で亡くなられた。
その時彼らは、高速増殖実験炉「常陽」の燃料用のための硝酸ウラニル溶液を
作る作業をしていた。
言わばこれは原子炉を動かす前の、核燃料サイクルの考え方の中では
アップストリームに属する工程の最中に起きた臨界事故であり、
そんなところで起きるとは、原子力発電関係者の予測もしていなかった事故であったという。
この世では、誰も予測していなかったようなことがときとして起こる。
この事故は、原発のあらゆる局面で、思いがけない事故が起き得る、ということを
示した事故でもあった。

後になっていろいろ関係者の証言を、集めてみると、
亡くなられた二人の作業員のリーダー格として当時作業に立ち会っていた人も、
会社から研修を受けたのは入社直後の一回だけ。臨界の意味も
よくわかっていなかったと証言している。
リーダー格の人物でさえそんな風なのだから、亡くなった二人も臨界の危険など
知らず、沈殿槽に硝酸ウラニル溶液を注入するという、毎日行っている作業を
淡々と行っていただろう。
突然青白い光が部屋を満たす。彼らはその場に昏倒する。
おそらくその時にも、一体何が起こったかわからなかったのではなかろうか。

JCOは作業の効率化を図るため、裏マニュアルを作り、正規の作業手順とは違うことを
日常的にやらせていたという。
本当は溶解塔というところで行わなければならなかった硝酸ウラニルの溶解を、
それではなかなか溶けにくいので、作業を速めるためにステンレスバケツを電熱器で
熱して溶解を行うということを、どうも会社側は裏マニュアルで長年やらせていたらしいのである。
しかしこのとき臨界事故が起きた原因は、リーダーも含め3人が、
裏マニュアルからさえ逸脱した、工程の変更をしていたことから起こった。
本来は貯塔というもので行わねばならない作業を、沈殿槽という
容積の大きなもので彼らは行っていた。そのため、ウラン235が臨界質量を超え、
臨界を起こしてしまったのである。

そもそも、なぜ、そんな臨界量を超えるような容積の大きな沈殿槽が存在したのか。
これは科学技術庁と原子力安全委員会の安全審査をパスしているのである。
大きな容器があれば、人はそこに入るだけの量を入れようとする。
二人の作業員は何の疑問もなく、作業を続けていたのに違いない。
ただ、リーダー格の人だけは、不安を感じ、事前に核燃料取扱主任者有資格者に
そんな量のウラン溶液を沈殿槽に入れていいものかどうか相談している。
この有資格者は、彼らが行っていた作業の直接のライン関係者ではなかった。
数時間置いて彼は「大丈夫ではないか」と電話で回答。
そこで、作業は臨界に向けてまっしぐらに突き進むことになる。
そもそも、どうして、直接のライン責任者で、有資格者である者に訊ねなかったのだろう。
不在だった、あるいはそもそも配置されていなかった、ということだろうか。

亡くなった二人は、ベテラン従業員ではあったが、その作業はその日が初めてであったという。
また、リーダー格の人でさえ、延べ数か月の経験しかなかったという。
業績悪化のために、JCOは事故の前年と8年前に大幅な人員削減を行っていた。
それが事故の遠因となってはいないか。
つまり、経験豊富な現場労働者が、いなくなっていてしまったり、技術知識の
後継者への伝達が不十分な状態だったのではないか。

三人は放射線作業を行う際に着用が法令で義務付けられている被曝線量計を
着用していなかった。また中性子線の異常増加を知らせてくれるはずの
中性子線測定器をJCOのみならず、当時、他の核燃料加工会社のどこも
持っていなかった。
核燃料加工会社全体に、ウランなどの核物質を扱うことに対する認識の甘さが
あったのではないだろうか。

原子力発電関連事故の例として、このJCOにおける事故を取り上げたのは、
それが、原子力発電関連の企業において日本で初めて死者を出してしまった
事故であったと言うだけでなく、そこに、原発事故だけでなく他の大事故にも
共通する要因を見るから、である。
すなわち、
①当事者の危機管理教育が十分でなかったり、危機意識が希薄だったりした。
②効率を上げるための、正規の手順を逸脱したマニュアル(時に裏マニュアル)の存在。
 それは、ときに、十分な知識がなくても危険物を扱えることを意味する。
 また、それは、マニュアルから外れた事態が起こった時の、対応力の無さをも意味する。
③効率を上げるために無理な操業が行われていたこと。
④そもそもの操業計画、作業計画自体に、危険を予測し十分な安全設計をするという
 基本への認識の甘さがあったにもかかわらず、なぜか国や自治体の安全審査を
 パスしていたこと。

たかが一社のことを取り上げて原子力産業全体をあげつらう、と言われるかもしれないが、
資料にあたってみると、日本の原発だけでも、あちこちで事故は起きている。
今年4月から7月現在までで、制御棒の過挿入などの事故が6件。
電気事業連合会のホームページでは、これを、
  「近年、報告されたトラブル件数は、年間、原子炉1基あたり1件を切っています。
  2007年度実績によると、報告されたトラブル件数は、原子力発電所については
  合計23件、原子炉1基あたり0.4件となっています。
  いずれの場合も原子力施設周辺への放射性物質による影響はありませんでした。」
と報告している。
原子炉一基あたり0.4件という数字。これを多いとみるか少ないとみるか。
これはプレスリリースされたものだけであるから、これ以外の小さな事故は
無数にあるのではないだろうか。
さらに、原子力発電所だけではなく、JCOのような 関連産業全体を考慮に入れれば、
もっと大きな数字になるだろう。
冷却水漏れ、制御棒の抜け落ちなど、下手をすれば大事故につながりかねない
重大な事故から、被曝線量計を身につけていなかった、とか、マスクを着用していなかった、
とか、ボルトネジがゆるんで落ちた、とかの軽度のミスまで。

今日、8月8日付朝日新聞にも、こんな記事が載っていた。
北海道、泊原子力発電所1,2号機で、核分裂が急激に進んだ場合に
原子炉を自動停止させる装置を解除したまま、制御棒を引き抜く試験をしていたというのである。
制御棒というのは、核燃料の間に装置して、それを抜いたり挿入したりすることによって
核分裂を誘う中性子の数を調節し、原子炉が臨界状態にならないようにする、
原子炉においては中枢的な役割を果たす装置である。
緊急時には制御棒を全挿入し、原子炉を停止される役割を果たす。
短い記事では詳しくはわからないが、この制御棒を引き抜く実験を、
緊急時に原子炉を自動停止させる装置の電源が入っていない状態のままで、
行っていたらしいのである。
定期点検中にそのことに気付いたが、2時間半の間、経済産業省原子力安全・保安院に
通報しなかったらしい。
泊原発は、昨年も2回、同じミスを犯していたという。
今回、保安院は泊原発を管理運営する北海道電力に対し、保安規定違反を犯した
ということで厳重注意。再発防止策の提出を求めているという。

新聞の一段15センチほどの小さな記事である。見過ごす人も多いだろう。
急激に核分裂が進んだ際に緊急停止させる装置と言えば、原発の安全運転上、
もっとも重要な装置ではないか。
うっかりなのか、意図的になのか、詳しくはわからないが、
この制御棒に関するミスは、日本の原発でしょっちゅう起きている。
なぜ、このような保安規定違反が何回も行われてしまうのか?

日本の原発は海外のそれらと比べても、事故の比率が少ないと言われる。
しかし、だから安全、とは言いきれまい。
事故というものは、起こらない、と想定してはいけないものなのではないだろうか。
いつか起こったら、ということを常に想定して、そのための安全対策を十分に
考えておかねばならないものだと思うが、日本の原子力産業のホームページなどを
見ても、「安全です」「周辺への影響はありませんでした」の表現ばかりが
やけに目について、どうも、国民に不安を与えないように与えないように、
そればかりに腐心しているように思えて仕方ないのである。

泊原発の例のように、重大な保安規定違反はもってのほか。
こういうことを何回も起こすとか、軽微な事故でも再三犯すということは、
日常の作業の気の緩みを表している。
大したことではないからそれは聞き流し見過ごしして、「安全です」、と言い切る気持。
気の緩みや、ことの重大性を直視せず、とにかく「安全だ」と言いきる気持。
時にそれは大事故につながりかねない危険をはらんでいる。

原発事故に限らず、何か大きな事故が起きるときには、
そこにまるで人々が引き寄せられていくように、偶然や必然の積み重なりが、
事故に向かって突き進んでいくような気がするのは、私だけの感覚だろうか。
例えば、2001年。死傷者258人を出した明石市花火大会歩道橋事故。
例えば、2005年。死者107人という悲劇となったJR福知山線脱線事故。
何か大きな事故には共通の要因があるような気がする。
明石の事故ではその前のミレニアム記念行事で、人が大勢この歩道橋に
殺到すれば、大事故につながりかねないという懸念は一部でされていた。
なぜ、そういう懸念をもつ者がいながら、事故が防げなかったか。
福知山線の事故では、JR西日本が他の私鉄との乗り入れの競合に勝つため、
余裕のないタイムテーブルで電車を走らせていたこと。ほんのわずかな電車の遅れにも
非寛容な日本の乗客。そうして何かミスを犯したりした社員には、会社が
日勤教育という名の罰を与え、それが嫌さに運転士が無理な運転をした可能性があること。
当日の運転士は経験が十分ではなかったという。
それは国鉄の分割民営化の後、経営改善を図るという史上命令があったために、
会社は長年新規採用を行っておらず、大量の定年退職者が出る段になって
新規採用したりしたため、中堅層の働き手が少なくなっていて、
運転技術などの継承がうまく行っていなかったということが背景にあったのではないか。
毎年のように、夏になるとキャンプ場の上流に豪雨があり、河原でキャンプしていた人が
流されたとか、遊泳禁止の場所で泳いでいて高波にさらわれたとかいう報道がある。
こういうことなども、台風が近づいているとか集中豪雨があったとかの警告を無視して
自分達だけは「大丈夫」と、遊興計画を何が何でも決行するという、
危険性への想像力の欠如があったのではないだろうか。
これはかく言う、私自身の心の中にもどの人の心の中にも潜む落とし穴であろう。
後になってみて、あらためてぞおっとする、ということは、多くの人が一度くらいは
経験したことがあるのではないだろうか。

つまり、過去の経験から事故を予測する、運営側の想像力の欠如。
経済効率第一主義の考え方から、安全性が軽視されること。
連絡の不備。社員教育の不徹底(的外れな懲罰主義もこれに属するだろう)
経験や知恵の継承の断絶。その不足を補うための裏マニュアルの存在・・・・。
そこに、当日指揮を執る、あるいは運転するなど直接行為をする者の
愚かしい蛮勇による判断ミスや怠慢やが加わった時、大事故は起きているのではなかろうか。
JCO事故もチェルノブイリ事故も、極めて似た構図を持っている。
過去の経験や、事故に至りそうな微細な兆候に目を閉じ、
「大丈夫だよ。」と言いきって、強行したがる気持。
この判断ミスが、時に大きな悲劇を生む。

JCOの話に戻ろう。
一般人が受けても問題ないとされる被曝量は年間1ミリシーベルトとされている。
JCO の二人の被曝量はそれぞれ16~20シーベルト、6~10シーベルトだった。
二人は血液中のリンパ球がゼロになるなどの重い造血器障害や消化管障害、
皮膚障害、中枢神経障害、肺炎などを起こし、苦しんだ末に亡くなられた。

とにかく臨界を終息させねばならない。
科学技術庁と原子力安全委員会の意向を受けて、職場長が先の見えない
危険な終息作業にあたる人員の人選を行う。
現場作業に不慣れな管理職は外され、将来子供をつくる可能性のある独身者も
外され人選は行われたが、実際にはほぼ半強制、否応を
言えるような雰囲気ではない中、18人の作業員は冷却水を抜くという作業を開始する。
ああ、ここでも私はある種の怒りを感じずにはいられない。
何か悲劇が起きた時、その始末をするのは、常に言葉は悪いがその組織の
いわば末端にいる人々、例えば下請けの作業員や、何も知らない一般庶民であって、
事情をよく知っているはずのしたがってその悲劇に責任があるはずの幹部や
上級職員などは、ほとんどの場合、現場に出て危険な作業に携わることは
ないのだろう、ということである。
机上で一連の計画を立案推進はしたかもしれないが、大抵の場合、
上級幹部は現場の実情は知らず、何か事があっても、役に立たない、ということも
あるのだろうが。
私は以前、太平洋戦争の折りの、日本軍兵士たちのことを調べていたことがある。
インパール作戦など、調べていて、軍部の上層部=無謀な計画を机上でたてた
人々に対し、激しい怒りを感じずにはいられなかった。
死ぬのは常に末端の兵士であり、無謀な作戦の責任者は概して内地の
安全な場所にいる。フィリピンや満州からの引き上げで大変な苦労をして
命をなくしたものは、一般庶民であり、兵士であって、高級将校の一部は
敗戦がいよいよ間近になると、いち早く軍用機で帰国している。

私は原子力発電のサイクルの各所で、この、昔から諸所で見られた差別、
力のあるものは利得を得、組織の下部にいるものはわずかな報酬のために
危険をも負わねばならない、という差別の構造を見てしまうのだ。
もうこれは、核開発の歴史を見てくれば、世界中で当たり前のように行われてきたことである。

さて、臨界を終息させるため選抜された作業員たちは、被曝量を出来るだけ抑えるため、
一回に1分以上作業を続けることが禁じられる。
アラームが鳴ったらすぐに交替する、
という緊迫した雰囲気の中で決死の作業が続けられ、ようやく20時間後、
臨界は終息した。

このとき臨界を引き起こしたウラン235は、16.6キログラム。
日本に今あるウラン235は、原子力白書によれば2007年末現在で416トン、
分離されたプルトニウムは44トンである。
この数値をどう思うだろうか。

原発労働者の生の声をお知りになりたい方は、これを読んで欲しい。
「原発がどんなものか知ってほしい(全)」
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html
(私の操作が悪いのか、クリックしただけでは、ページに跳ぶことができません。
申し訳ありませんがコピーして検索からお入りください。)

原子力発電所の現場監督として20年働いてこられた平井憲夫さんという方の手記。
ここには、「三重、四重の防護策が施してあるから日本の原発は安全です。」と、
原発推進派の人々が宣伝するその原発の、建設現場のずさんな工事実態や、
専門外の天下り検査官によるおざなりな安全検査の事情など、
安全神話の嘘を厳しく指摘する内容が書かれてある。
また、現場労働者の被曝実態など、現場にいた者にしか知りえない実情が記されている。
一部を引用してみよう。

 「稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。
 動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに
 働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にある
 ネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、
 もうアラームメーターがビーッと鳴る。
 中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、
 もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、
 金額で四百万円くらいかかりました。
 なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、
 原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。
 放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。」

この記述を読んで、私は核施設で働く、ということの実態が初めて分かった気がした。
ネジ一本緩んだだけで、この大変さである。
これを馬鹿馬鹿しいと言うことができるだろうか。
それほど、原子炉の傍で働くということは大変な危険を伴うことなのだ。
JCOの臨界を止めようとするときの、一分ほどいてアラームが鳴ったら即、交代、
という、その時の緊迫した情景と同じである。
チェルノブイリの終息や石棺建設にあたった労働者達はさらに過酷な働き方を余儀なくされた。
放射能汚染防護服らしきものは殆どなく、マスクさえ付けずに手で
高レベルの放射能を出し続けるコンクリート片などをつかんで運ぶ人々…。
彼らは国家から何の事情も危険についても説明を受けないまま、突然
作業に駆り出された一般の人々や兵士であった。
その数、延べ60万人。うち55000人がすでに亡くなっている。
これが原発事故の現場であり、そこで働く人々の現実なのだ。

世界中を瞬時にして様々な情報が飛び交い、めまぐるしく全てが押し流されていく今。
多くのことがすぐに風化してしまう。
チェルノブイリのことも聞いたことさえない、という人も多いだろう。
しかし、チェルノブイリ事故やこの東海村JCOの事故は 、私達にいろんなことを
教えてくれていると思う。
原子力発電に関したことだけではない。様々な産業や事業にここでの教訓は
生かされなければならないと思う。
それは、「安全と言い切れることなどない」ということである。
機械設備はいつか故障するものであるし、いつか老朽化する。
人はミスを犯すものである。
万全を尽くしたつもりでいても、人智を超えた災害、事故、というものも起こり得る。
そういったとき、真っ先に被害を受けるのは、弱い立場の者である。

「大丈夫」という言葉は、無責任には使えない。心して使わなければならない
言葉であると思う。

No.130 / 思うこと / Comment*4 / TB*0 // PageTop▲

2009.07.31  エネルギー問題 その一 原子力発電 7 <<02:26


9.六ヶ所村問題

青森県上北郡六ヶ所村
下北半島の付け根の部分。太平洋に面したその村は、北部は山岳地帯、
中部から南部はなだらかな丘陵地の広がる、のどかで美しい農漁村である。
小川原湖など6つの湖沼を抱えている。中でも小川原湖は汽水湖で、
そこでは古くから、やなを仕掛けて二シン、ウグイ、ヒラメなどを獲るマテ漁が盛んだった。
村の最北端には物見崎灯台。周辺はタタミ岩と呼ばれる奇岩が点在する
美しいリアス式海岸の風景が広がり、海崖の下は、ガンコウラン、ミヤマビャクシンなどの
高山植物が本州の平地で唯一自生する場所。高山植物と海崖植物が共存する
学術的にも貴重な群落がみられる。
周辺には縄文文化の遺跡や遺物も多く見られる。
住民は約1万人。主に、山芋などの農作物や、漁業で生計を立ててきた。

そのような、寂しいけれどのどかな村に、今、巨大な核燃料サイクル施設が建設され、
村の生活と様相は一変してしまった。
ここは、日本の、「核のゴミ捨て場」となってしまったのである。

核燃料サイクル施設のことを語る前に、むつ小川原開発の歴史について
語っておかねばならない。
1969年。高度経済成長期後期。
「小川原工業港の建設など総合的な産業基盤の整備により、陸奥湾、小川原湖周辺
ならびに八戸、久慈一帯に巨大コンビナートの形成を図る」という計画が、
新全国総合開発計画(新全総)に盛り込まれ、国家プロジェクトとしてデビューした。
開発区域は最大で陸奥湾沿岸から三沢市なども含む太平洋に至る2万8千ヘクタール。
石油精製、石油化学、製鉄など基幹型産業などを盛り込んだ、
まさに「世界最大の開発」計画だった。
投資総額6兆2千億円から5兆5千億円。昭和60(85)年時の年間工業生産額は
最高で4兆2千億円。県民1人当たり所得も全国平均に上昇。
本州の最北端の県は、県勢発展のそんな夢をこの計画に託した。          10,11
計画の中枢を担うのは、工業用地を分譲する第三セクター・むつ小川原開発株式会社(むつ会社)。用地買収を担う財団法人・青森県むつ小川原開発公社(むつ公社)。
県、国、製鉄・石油・商社など経団連傘下の日本のトップ企業150社などが出資。
ところが、住民の反対などにより当初の計画は縮小。
また、73年、第4次中東戦争による「オイルショック」が発生。
79年の第2次オイルショックなどによって経営は悪化し、むつ会社が抱える債務は増大。
分譲した工業土地は国家石油備蓄基地などとして約1千150ヘクタールだけ。
1千450ヘクタールが売れ残った。
98年末、借入金は2千298億円に達し、計画の存続の見直し、債務処理を
迫られることとなってしまった。                                   10,11   

その時浮かび上がってきた救済策が、石油施設に代わる核燃料サイクル施設の構想である。
1985年に県、六ケ所村はむつ小川原開発地域に核燃料サイクル施設を受け入れ決定。
これにより、売れ残り用地と借入金を抱えて困窮していたむつ会社を救済するという
計画であった。
県は核兵器の原料となるプルトニウムを扱う再処理工場だけではイメージが悪いとして、
ウラン濃縮工場と低レベル放射性廃棄物埋設施設などもセットで受け入れた。
これが、六ヶ所村の「核燃料サイクル基地」としての始まりである。            10,11


六ヶ所村核燃料施設

ここには4つの施設がある。操業開始順に並べてみる
① ウラン濃縮工場
② 低レベル放射性廃棄物埋設センター
③ 高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター
④ 再処理工場
 *これらに加え、MOX燃料加工工場の建設計画が現在申請中。

①ウラン濃縮工場
1992年操業開始。建設費2500億円。
ウランを原子炉に装荷するためには、ウラン濃縮という工程が必要になる、
そのための施設。
1500トンSWU/年を目指しているが、現在は殆ど停止されている。
2020年までに新型機の導入し、目標の1500トンSWU/年 を目指しているが、
先行きは不透明。もし達成されたとしても、、2010年に6000tSWUと見込まれている
国内需要の4分の1程度。とても濃縮ウランを必要としている海外の国に供給するだけの
能力はないのだが、ウラン濃縮の分野で国際貢献ができると核燃側は言っている。
前にも書いたが、ウラン濃縮の過程で、大量の劣化ウランが生じる。
劣化ウランは高速増殖炉の燃料の新物質として使い道が全くないわけではないが、
発生量に比べて使用できる分量は比べ物にならないほど少なく、
濃縮加工を続ければ、使い道のほとんどない劣化ウランを溜めこんでいくことになる。
2008年度原子力白書では、日本はすでに2007年の時点で14,284トンもの
劣化ウランを溜めこんでいるのに、である。
劣化ウランは軍用としては劣化ウラン弾に使用されることは周知の通り。          9,12 

②低レベル放射性廃棄物埋設センター
1994年操業開始。建設費約1600億円。
記事ではほとんど今まで触れて来なかったが、これが実はさらに大きな問題なのである。
原子力発電を続けていく過程のあらゆるところで、高レベル放射性廃棄物とは別に、
中レベル、低レベルの放射性廃棄物が大量に発生する。
低レベル、という言葉を使っているが、それらが全て放射性が低いわけではなく、
レベルの異なる、そうして特性も異なる廃棄物が様々に含まれている。
高レベル廃棄物よりは低いというだけのことであって、危険な物質であることには変わりない。
原子力発電関係では、高レベル放射性廃棄物であるガラス固化体以外のものを
低レベル放射性廃棄物と呼んでいる、ということである。
だからこの中には、相当放射能の強い物質も含まれている。                  3,9、12
原発から排出されるものには、個体物だけでなく、気体のもの、液体のものがある。
気体のものは例えば燃料から出た気体の放射能、粒子状の放射能、
固体廃棄物を焼却したりガス化したりするときに時に出るものなどがあり、
排気筒から大気中に放出される。
液体では、機器から漏れた放射能汚染水や、工場内、作業員の体、衣服などの
洗浄廃液などもこれにあたる。 
気体も液体も、短寿命の放射能が減衰するまで一時貯蔵し、
放射能をフィルターなどで取り除いたのち、排気や排水で薄めて放出される
これを「拡散型処分」と原子力安全委員会では呼ぶらしいが、
本当に薄まって無害になっているのだろうか。
これは原子力関連施設の近くの住民、農民また付近で操業する漁民、
そうしてそこで採れた物を食する私達にとっては大きな問題である。
フランスなどの再処理工場近辺の住人の小児白血病の発生率は、
フランス全土の平均の3倍近いというデータもあるそうだ。
これを科学的因果関係が証明できないとして否定する人もいるようだが、
原爆の被曝認定、イタイイタイ病、水俣病・・・、企業や国の言い分は最初のうち常に
そういう言い方なのではなかろうか。
大気の流れ、潮の流れなどで、放射能濃度が濃くなる個所はないのか、
しっかりした管理と調査を望む。                                                                

さて問題の低レベル放射性廃棄物であるが、どんなものが該当するか、というと、
まず、液体廃棄物の濃縮廃液。これはセメント、アスファルト、プラスチックなどと混ぜたり
してドラム缶に固めこまれる。
可燃物を燃やした灰を固めたものや使用済み樹脂、金属類、フィルター類、紙・布類
などもこれにあたる。これらは分別され必要ならば切断、圧縮、溶融されて、
ドラム缶に収納、モルタルで固形化される。
ドラム缶に入らない大型機器やコンクリート類はそのままの形で廃棄物となる。       
そうしてこれらの内、放射能レベルが低い廃コンクリートなどは、
浅い地下に埋められ30~50年くらいの間、監視、管理される。
また放射能の強い廃棄物は、そのレベルの低い順に処分場の地下深くに置かれる。
放射能の強いものは地下50~100メートル、
TRU廃棄物と言われる、再処理施設やMOX燃料加工施設で発生する、
ウランより重い元素(超ウラン元素)を含むものなどは、放射能が極めて高いので、
数百メートルから1000メートルのところに置かれる。                       

100kW級の原発から一年間に出る低レベル放射性廃棄物は、ドラム缶数百本。
100年もすれば、自然物として扱っていいレベルになる、と原子力関係者は
言っているそうだが、それでも、ドラム缶一本には、一般の人が一年間に
それ以上浴びてはいけないと法令で定められた量の、1万~10万倍の
放射能が残っている。                                         
六ヶ所にはこのドラム缶が約300万本埋められる計画であるという。
日本原燃発表によれば、09年6月現在で、1号2号施設に合計21万本が
運び込まれている。

また六ヶ所には原発関連だけでなく、大学などの研究機関、医療機関などからの
放射性廃棄物も持ち込まれる。

1966年、東海発電所で日本最初の商業用炉が稼働するようになってから40年余り。
多くの原発が、最初の頃「原発の耐用年数は30年」、と言われていたその30年を
越えてしまっている。
この耐用年数の基準というのも怪しいものなのだが、最初は30年、それが40年になり、
今では60年はもつと言われているのだが、どうしてそう開きがあるのか、
そしてどうしてそう都合よく耐用年数が増えていくのかわからない。
いずれにしても、これから多くの原発が耐用年数を経、廃炉されなければならない時が来る。
原発の廃炉解体費用は莫大な金額がかかる。
07年、電気事業連合会の発表によると、
55基の日本の原発を解体撤去する費用は、2兆6千億円から2兆9千億円に
膨らむそうである。一基あたりにすれば、550億と見込んでいたものが、600~650億
かかることになる。
同規模の火力発電所を解体する場合の、約10倍のコストだ。
勿論、火力、水力などの解体作業と根本的に違うのは、放射線レベルの高いものは
人手による解体作業が基本的に不可能なので、遠隔操作を行わなければならないことである。
いったいどれほどの時間と手間がかかることだろうか。
また、放射能を帯びたコンクリート、鉄骨などをはじめとした、何十万トンもの
膨大な解体ゴミはどこに行くのか。
これも、六ヶ所に集められるということに基本的にはなっている。
いったい六ヶ所村だけで、100万kW級の原発1基を廃炉解体すると約50万トンの
ゴミが出るというものを、これから順次老朽化した原発が出てくるのに、
全部収容しきれるのだろうか。

しかしながらここに、「スソ切り」という都合の良い考え方が出てくる。
スソ切り、というのは、「放射能のレベルが極めて低く、人の健康に対するリスクが
低ければ、放射性廃棄物として扱わなくていい」という考え方である。
この制度が2005年の国会で認められたのである。
スソ切り、正式には「クリアランス」とも言う。
クリアランスレベルは放射能の種類ごとに決められているが、
分かりやすく言うと、(職業として放射能を扱う人でない)一般人が、年間に
浴びても健康に差支えない放射能の被曝限度は年間1ミリシーベルトとされているのだが、
クリアランスレベルはその100分の1。すなわち、0.01ミリシーベルト未満なら、
原発から出た放射性廃棄物を、一般ごみとして処分したりリサイクルに回してもいいですよ、
という法令なのである。                                        

つまり、廃炉から出た大量のコンクリートやプラスチック、鉄材などが、
その放射線量が低ければ、一般の産業廃棄物として埋め立てに使われたり、
住宅用の建材や公園のベンチ、フライパンなどに姿を変えて、私たちの生活の中に
入りこんでくる、ということなのである。
こうすれば、廃炉の際のゴミは劇的に激減し、あとはレベルの高い放射性廃棄物の処分だけを
考えればいいということになる。
0.01ミリシーベルト。ごくわずかな値であるから、身近な生活の中で受けても
害はない、と推進側は言う。
しかし、ここには測定上の問題点も多くあり、分厚い鉄板の表面だけを測定してOK
としてパスしたものも、それが成形加工されて薄い鉄板の製品になれば、
線量はもっと大きくなる。しかも、私たちはいますわっている公園のベンチが
廃炉から出た微量ではあるかもしれないが放射能を帯びたものであり、
今日も使ったフライパンや玩具がそういう性質のものだ、ということは
まったく知らされず、健康被害があってもそれは証明されにくく、
責任の所在も全く追求できない。                                               
こういう風に言うと、「じゃあ、ほかの有害物質はどうなるの?
日常の中でダイオキシンや鉛など有害物質を含むものが、大量にそこらに廃棄されているよ。
そういうものは放っておいて、原発から出るごみだけに神経質になるのは
おかしいんじゃない?」と聞かれそうである。
この質問に関してはこう答えたい。
ダイオキシンか、放射性物質か、という2択の考え方自体がおかしいと。
ダイオキシンも勿論、放射性物質も勿論、全ての有害物質に
私たちは神経質にならなければならないのだ、と。

③高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター
1995年操業開始。建設費約800億円。
先にも書いたように、日本で高レベル放射性廃棄物、と言えば、
イギリスやフランスで使用済み燃料を再処理してもらった際に出来た、
核分裂生成物いわゆる死の灰などをガラス固化体にした形のものを指す。
六ヶ所村の貯蔵容量は1440本で、日本原燃によれば、現在すでに、
1310本を海外から返還受け入れしている。
もうすぐ一杯である。
現在新たに1440本を受け入れるために増設中で、最終的には返還される予定の
2200本(トン数にして7100トン)を受け入れるために、2880本の容量にしていくとされる。
しかしながら、100kW級の原発を1年間動かせば、ガラス固化体30本分の
高レベル廃棄物が出る、ということは前回の記事でも書いた。
このまま操業を続けていけば、六ヶ所村の貯蔵センターもやがて一杯になるだろう。    12   

問題は、このガラス固化体が、極めて高レベルの放射性廃棄物であることで、
今は六ヶ所村に貯蔵されているが、将来的にはいずれ、これらを人間の
居住域から遠く離れた地下の深層に地層処分することになっている。
しかし、前の記事にも書いたように,地層処分の候補地には、まだどこも名乗りを上げていない。
これは日本だけの事情ではなく、世界でまだ地層処分を始めた国はない。
仮に候補地が見つかり地下数百メートルというところに最終処分場が出来たとして、
この地震国日本で、推進派の言うように、本当に安全に一万年もの間、
保管が出来るのだろうか。                                     

④再処理工場
竣工予定2009年。建設費2兆1930億円。
何度も書いてきたように、原発を稼働させれば、使用済み核燃料が
日本では年間2000トン近くも出る。この中からまだ使えるウランとプルトニウムを
取り出し、それを軽水炉や高速増殖炉で燃やし、さらにそこから出た燃料の中から
また再利用できるものを取り出し、これを繰り返していこう、とするのが、
政府と電力業界がやろうとしている、いわゆる核燃料サイクルである。
今まで日本では使用済み燃料をイギリスやフランスに送って、再処理してもらっていた。
それを国内でやろうというのである。                                 12

六ヶ所村では予定では、年間800トンの使用済み燃料を再処理し、約8トンの
プルトニウムを取り出す予定である。
何度も書いたが、プルトニウムは核兵器を作り出すのに使用される危険な物質である。
8トンのプルトニウムでは約1000発の核弾頭が出来るという。
日本にはフランスなどで再処理してもらい戻ってきたプルトニウムと、
東海再処理工場で取り出されている分離プルトニウムが
2005年末現在で約44トン、既に溜まっている。


テロ国家やテロ組織などに利用されないよう、余剰プルトニウムをもたないようにしよう、
というのが世界の流れである。
核兵器をもたない国、使用しない国、と謳っている日本が、かくも多くの余剰プルトニウムを
溜めこんでいる。
とにかくこの余剰プルトニウム、原発を動かせば動かすほどさらに溜まっていくこのプルトニウムを
何とか、使用して減らしていかなければならない。
そのための炉が高速増殖炉であり、また一般の軽水炉でMOX燃料の形にした
プルトニウムを燃やそう、というのがプルサーマル計画である。

ところがこの高速増殖炉もプルサーマル計画も、思うような進展を見せていない。
それなのに、今のところ使い道がなく、そうして安全のための管理も大変な
プルトニウムをさらに再処理工場で生みだしていこうとしているのである。
なんと先見性のない、無意味な計画であろうか。

コストの点でも、再処理には莫大なお金がかかる。
2003年、電気事業連合会の試算によれば、建設費、運転・保守費6兆800億円、
工場の解体・廃棄物処理費2兆2000億円、計11兆円の総費用がかかるという。
さらに高レベル廃棄物の処分、輸送、中間貯蔵など「バックエンド」事業の費用も合わせて、
総額19兆円の費用がかかるという。                                 
処理のために19兆円ものお金をかける必要が果たしてあるのだろうか。
私はこの核燃料サイクル、という、あまり実効性の見込めそうもない計画は
すぐに辞め、したがって再処理工場なども今すぐにやめて、この19兆、というお金を
より安全で、本当に「クリーン」なエネルギー開発のために使ってもらいたいと思う。

さらに再処理には重大な環境汚染の問題もある。
先にも書いたが、フランス、イギリスなどの再処理先進国の再処理施設の周辺では、
小児白血病の発症率が高いというデータがあるという。
使用済み核燃料を再処理する過程では、空気中に、クリプトン、トリチウム、ヨウ素、炭素などの
気体状の放射能が排気筒から排出されるが、国は、これらは外気によって
「拡散」するので問題ない、と言い、また、廃液にはトリチウム、ヨウ素、コバルト、
ストロンチウム、セシウム、プルトニウムなどが混ざって、それらは海に捨てられる。
これも「希釈」されるので問題ないと国や原燃は言う。
六ヶ所村の周辺の海には、日本でも有数の漁場がある。
周辺でとれた海産物は放射能汚染されないだろうか。
周辺の農家の農作物は大丈夫なのだろうか。
何より、住民の健康被害は出ないだろうか。                            13
青森県民の8割が、再処理に不安を抱いているという。
このように、私たちは青森の人々の犠牲と不安の上に、
自分たちの快適な生活を営んでいるようなものだ。
再処理、それより何より、原子力発電に頼ることやめることを、私たちは考えて
行かねばならないのではないだろうか。 






ここまでの参考文献

1.「どうするプルトニウム」(舘野 淳、野口邦和、吉田康彦編、リベルタ出版)

2.「プルサーマルの科学―21世紀のエネルギー技術を見直す」(桜井 淳著、朝日選書)

3.「どうする?放射能ごみ」(西尾 漠著、緑風出版)

4.「原発ゴミの危険なツケ―最終処分場のゆくえ2」(西尾 漠編、創史社)

5.「世界の放射線被曝地調査」(高田 純著、講談社ブルーバックス)

6.「原子力政策大綱批判」(伴 英幸著、七つ森書館)

7.「臨界被曝の衝撃ーいまあらためて問う原子力」(清水修二・野口邦和共著、リベルタ出版)

8.20年度原子力白書
  http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/hakusho2008/index.htm

9.NPT・六ヶ所問題の基礎知識:解説1
http://www.gensuikin.org/kkj/npt/words2r.html
     

10.東奥日報 むつ小川原開発・核燃料サイクル施設
http://www.toonippo.co.jp/kikaku/kakunen/gaiyou.html

11.Web東奥・企画/むつ小川原/ドキュメント
http://www.toonippo.co.jp/kikaku/kakunen/document.html

12.日本原燃 施設のあらまし
http://www.jnfl.co.jp/jnfl/establishment.html

13.止めよう!六ヶ所再処理工場
http://cnic.jp/modules/rokkasho/index.php?content_id=7

No.127 / 思うこと / Comment*0 / TB*0 // PageTop▲

2009.07.28  エネルギー問題 その一 原子力発電 6 <<15:02


8.核の廃棄物

大きなプラントからは、大量の廃棄物が出る。
例えば火力発電であるが、採掘された石炭や石油は全量がそのまま
すぐに燃料となるわけではなく、精錬する過程で多くの廃棄物を生む。
九州三池炭鉱などのボタ山を見れば、その一端がうかがえよう。
また、それら大プラントの設備に耐用年数がきてそれらを解体しなければならないことになると、
大量の産業廃棄物が出る。
これは、次世代エネルギーとして期待されている太陽光発電であろうと
なんであろうと、同じである。

原子力発電に関しても、同じように、採掘から精錬加工、発電、廃炉に至るまでの
長いスパンの中で、大量の産業廃棄物が出る。
ところが、根本的に原子力発電が他と異なっていることがある。
それは、ウラン鉱採掘から始まって、やがて原発の炉心や炉屋が老朽化し、
廃炉しなけれなばらなくなるまでのあらゆる過程で、常に、高レベル、中レベル、低レベルの
大量の放射性廃棄物を生み出す、ということである。

①放射性廃棄物ってどんなもの?

放射性廃棄物、と一口に言っても、それには様々な形態の様々な物質があり、
大きく分けて3つに分類される。
一つは放射能そのものつまり放射性物質そのもの。
次に、放射能を含むもの。
三つめに放射能で汚染されたもの。例えばこれには原子炉の老朽化などに伴い
交換される部品や廃炉の際の大量の施設ゴミ、すなわち炉屋のコンクリートや鉄材
数多くの機器類など全てがこれにあてはまる。

そうしてそれらは、ただのコンクリートや要らなくなった部品が粉砕され捨てられるのとは違って、
ときに何百年という長い監視と安全管理を続けなければ、ある時、何かのきっかけで
眠っていると思われた核物質が暴走を起こし、数年先、数十年先、数百年先の
人々に重大な被曝事故を負わせてしまうかもしれない危険極まりない
廃棄物である、ということである。

例をあげていこう。
前にも述べたように、核の利用は、ウラン採鉱の時点で既に放射能を帯びた大量のウラン残土
発生する。例えば、出力100万kWの原子力発電所を一年間動かすのには、
3、40トンの濃縮ウランが必要だが、そのためには10万トンのウラン鉱石が必要で、
それを得るために大量のウラン残土が残る。
精錬加工工場にも、残土よりもっと放射能の強い「鉱滓」200トンがゴミとして残る。
石炭火力発電の場合は、毎年300トンの石炭が必要で、それだけの石炭を得るためには、
500万トンから1億トンの土を掘り起こさねばならない、というから、石炭に比べれば、
ウランは出す残土が少ないともいえる。しかし、その残土は、低レベルとはいえ、       
放射能を帯びていて、付近の住民や動植物に被害をもたらさないよう、                
十分な管理を必要とするものであるということが、根本的に違う。
また、原子炉で使えるようにウラン濃縮をする過程ででも、大量の劣化ウランという、
ときには戦争で兵器として利用されうる危険な核のゴミを生みだす。
例えば、前の記事にも書いたが、六ヶ所村のウラン濃縮工場では、
年に約600トンの劣化ウランが発生し、2008年の原子力白書によれば、
2007年末現在で、日本は14,284トンの劣化ウランを保有している。            2.3、8

しかしなんといっても、原子力発電のすべての過程で、もっとも問題になるゴミ、
と言えば、原子力発電所、日本では55基、世界ではおよそ500基ある原子炉から
出てくる使用済み燃料であろう。
これはウラン、プルトニウムなど多くの高放射性物質を残した高レベル放射性廃棄物である。
まずはここから見ていこう。

②軽水炉等の使用済み燃料

100万kW 級の原子力発電所を1年間稼働させるのには、40000本弱の燃料棒が
必要で、一年間運転すると少なくとも30トンの使用済み燃料が取り出される。           
これが55基あるわけだから、原子力発電を続けていけば、毎年
年間2000トン近くの高レベル放射性廃棄物が溜まっていくことになる。
さて、この、各原子力発電所で、3~4年燃やされた核燃料は、
再利用せずに廃棄処分されるか(ワンス・スルー方式)あるいは再利用するために
再処理工場に運ばれるか(核燃料サイクル)のどちらかなのだが、
その前に先ず、使用済み燃料は、原子力発電所内の使用済み燃料貯蔵プールで
1~5年ほど貯蔵される。中間貯蔵施設や最終処分場など、行き場がない場合は、
そのまま原発内で35年ほども貯蔵されている国も多い。
このプールは巨大なコンクリート製でステンレス鋼で内張りがしてあり、
冷却用循環水で満たされている。
30年くらい冷却した燃料集合体は、崩壊熱をほとんど発生しなくなるので、
これらをコンテナに入れ、コンテナごと地下貯蔵庫に貯蔵するというのが、
スロー・アウェー方式とか、ワンス・スルー方式とか呼ばれる処分法で
アメリカなどがとっている方法である。                  
この場合は、これらは全くの高レベル放射性廃棄物として扱われるわけで、
その大量のゴミを、各発電所で一定期間冷却して移動可能な状態にしたのち、
どこに安全に保管するか、ということが世界中の原発所有国の
悩みの種となっているのである。                                2、3,7

ワンス・スルー方式をとっているアメリカでは、
ブッシュ政権の間に、ネバダ州、ラスベガスの北西の山、ユッカマウンテンに
民生用原発から出た高レベル放射性廃棄物や、軍事用核l廃棄物などの
巨大地層処分場を建設するという、いわゆるユッカマウンテンプロジェクトを計画。
日本円にすれば兆の単位のつく巨額の資金を投じ、既に巨大工事が
着々と進行中していた。
ユッカマウンテンプロジェクトの詳細について知りたい方は、下記が詳しい。

 http://http://www2.rwmc.or.jp/overseas/pub/For_web/usa.pdf#search='ユッカマウンテンプロジェクト'

しかし今年2009年、オバマ大統領は、処分場の地層の安全性に問題があるなどの
理由で、この壮大な、しかも既に600億ドルという金をつぎ込んだ計画を凍結。
アメリカが溜めこんだ大量の使用済み核燃料の行き先はまた先送りになった。

我が国日本ではどうだろうか。
我が国の原子力政策は、アメリカと違って使用済み核燃料を再処理してリサイクルする
というものである。
そのために各原発には再処理を待つ使用済み核燃料が冷却プールの中に
大量に溜めこまれ、それらはもうほぼ満杯状態になっている。
これが満杯状態になってしまえば、原子力発電その物をストップせざるを得なくなる。  
よく原子力発電から生ずる放射性廃棄物の処理に関して、「トイレなきマンション」
という言葉が使われることがある。
マンションをつくるのに、トイレがない、などということは考えられないだろう。
しかし、日本だけでなく世界の原子力行政は、原子力を利用することは追求しても、
そこから出る大量の放射性廃棄物をどう処分するか、という問題は
よく前もって考えず、またそれが問題として浮上しても、それを先送りにしてきた
ところがある。
いや。そもそも、原子力発電という考え方そのものが、最初に発電ありき、ではなく、
ソ連やアメリカが核兵器開発の途中で、ウランが核分裂する際に高熱を生ずることに注目、
この高熱をなんとか民生用に活用できないか、と考えたところから生まれたもの
なのである。                                               3.4.

1953年。アメリカ、アイゼンハワー大統領が国連総会で、原子力平和利用に
関する提案、"Atoms for Peace"を行う。
1954年。ソ連オブニンスク原子力発電所が実用としては世界初の
原子力発電所として発電を開始。
原子力発電初期のキャッチフレーズは、"Too Cheap to Meter"であった。
つまり、「計量する必要がないほど原子力発電は安い」というくらい
期待されるものであったのである。(Wikipedia)

日本は世界で唯一の被爆国であるにもかかわらず、
原子力発電のなんたるかの実態もよく知らないままに、
「これからは原子力の時代だ」と、そのまま原子力政策を取り入れたきらいがある。
1954年、中曽根康弘、稲葉修らにより、原子力研究開発予算が国会に提出された。
額にして、2億3500万円の原子力予算を計上。この数字はウラン235を利用するところから
語呂合わせで決められた数字らしいが、何ともふざけた話ではないか。
1955年。原子力基本法が成立。
1956年。原子力委員会が設置された。初代委員長は、読売新聞社主、正力松太郎。
正力は、1957年に発足した科学技術庁初代長官にもなっている。          ( Wikipedia

1954~56年と言えば、私が小学校1~3年の頃である。
小さかったので、原子力などというものに興味も知識もなかったが、
「原子力=広島・長崎に落とされた原子爆弾」というイメージがその頃には出来上がっていて、
なんとなく胡散臭いものに感じていた記憶はある。
また、1954年にはアメリカがマーシャル諸島近海で行っていた水爆の実験で、
付近の海で操業していた多くの漁船が「死の灰」を浴び、日本の遠洋マグロ漁船
第五福竜丸の無線長だった久保山愛吉が被曝死するという事故が発生。
それらが私が今日になってもなお、原子力発電に「クリーン」なイメージなど持てない
根本原因になっているのかもしれない。

しかし、子供だった私はともかく、原子力発電というものの実態を、
当時原発を推進した人々がよく知ってそうしていたか、という点についてもだいぶ疑問がある。
現に、1957年原子炉等規制法が最初に制定された時の法律立案者、当時の
科学技術庁原子力政策課長であった、島村武久氏が、1986年の「原子力工業」誌
9月号の中で、「なにしろ核燃料はおろか、原子炉なるものを見たことのある人というのが
数えるほどしかいなかった時代」と語っているくらいである。
                                                       4          
当然、原子力発電を続けていけば、危険で厄介な核のゴミが大量に溜まっていく、
などということを、当初は考えてもいなかったに違いない。
東京電力の荒木浩元社長は、電気事業連合会会長でもあったが、
原子力委員会の高レベル放射性廃棄物処分懇談会の席上で、
「電気事業者でありながら、こんなに大変な問題であることを初めて知った」
「原子力を始めた当初は、一生使っても豆粒一つぐらいと思っていた」
と、高レベル放射性廃棄物のことについて漏らしたそうである。
(1998年、4月25日付朝日新聞)                                  
余談が長くなったが、このように、日本の原子力発電の始まりは、
世界の潮流にただ遅れないように、と考える、一部の政治家、経済人たち、
(その人たち自身原子力発電のなんたるかをよく知っていたかどうか怪しい)
によって方向づけられ、国民は原子力発電のことをよく説明されることもないまま、
建設、操業、拡大がどんどん進められてきたと言えそうである。

使用済み核燃料の処分の話に戻ろう。

③再処理後の高レベル放射性廃棄物

日本ではこれまで、使用済み核燃料からまだ使えるウランやプルトニウムを
分離するいわゆる再処理を、東海村でわずかにやっていた以外は、
海外、主にフランスやイギリスに送ってやってもらっている。
その量およそ7100トン。
再処理の工程は、まず、使用済み燃料を剪断する。それを高濃度硝酸液に溶かす。
最初に先ず、その中から核分裂生成物いわゆる「死の灰」を大量に含んだ廃液を
分離する。
その廃液を濃縮し、高温のホウケイ酸ガラスという耐熱ガラス原料と混ぜ、
キャ二スターと呼ばれるステンレス製の容器(直径40~50センチ、高さ約1メートル)に詰める。
これがいわゆる「ガラス固化体」と呼ばれる高レベル放射性廃棄物である。
ちなみに、使用済み核燃料自体が、そのままワンス・スルーで処分されれば、
それは高レベル放射性廃棄物なのであるが、日本では使用済み燃料は
リサイクルされることが原則なので(本当にリサイクルになるかどうかは別として)、
これは当初「リサイクル燃料資源」と呼ばれ、高レベル放射性廃棄物とは呼ばれない。
今はさすがに公的資料では、「使用済み核燃料」と呼ばれている。
「リサイクル」という言葉を使えば、何でも美化される、レトリック遊びのようなこと。

したがって、日本で「高レベル放射性廃棄物」と言えば、この「ガラス固化体」
のことを指す。
この出来たてのガラス固化体1本には、セシウム137という放射能で比べると、
広島原爆で放射された線量の100倍の放射能が含まれている。
1分間傍に立っていると200シーベルトの放射線を被曝する。
原子力安全白書によれば、
「15シーベルト以上で、神経系の損傷による死、100シーベルト以上で
急性中枢性ショック死」とあるから、30秒傍に立っているだけで確実に死ぬ、
というくらいの強い放射性をもつものなのである。
(1999年、茨城県東海村のJCOで起きた臨界事故で亡くなられた作業員Oさんは
16~20シーベルト、Sさんは、6~10シーベルトの被曝)
100万kW級の原発を1年間運転すると、ガラス固化体約30本分の
高レベル放射し廃棄物を生みだす。                                 2,3,4

ガラス固化体はこのように放射能がきつく、崩壊熱も高いので、
人の手によって作業は出来ない。すべてオートメ化された工場で処理は
遠隔操作で行われている。
日本からフランス、イギリスに送られた使用済み核燃料は、
上記のような行程を経てガラス固化体の形にされ、そこで生じた
他の中レベル、低エベルの核のゴミと共に、順次、日本に送り返されてくる。
送り返されてくるガラス固化体は2200本と言われている。                3、4、6
そうして送り返されてきた高レベル放射性廃棄物であるガラス固化体は、
イギリス、フランスでの工程も含め、30年から50年、一時貯蔵して、
放射能の量が減り、熱も半分くらいになってから、永久処分方法として、
地下数百メートルから1千メートルの地層深くに埋設する地層処分が行われる予定であるのだが
これがまた、一大問題なのである。
世界でもまだ、この高レベル放射性廃棄物の地層埋設処分を行っている国は
ないのである。
日本でも、岐阜県瑞浪市のJAEA東濃地科学センター瑞浪超深層研究所で
将来の高レベル放射能廃棄物の処分地を決める上で必要となる技術を研究するために
地下深く縦穴を掘っている。2本の1,000mの穴を掘り、100m毎に地下水の動きや
地震の影響を記録する装置を設置する予定である。
また、北海道幌延町でもJAEA幌延深地層研究センターの建設が進んでいる。
しかし、まだ処分場として地元の了解を得られたところはなく、
高額の交付金や税収の増加を餌に、国は誘致活動を進めているが、
今のところ、立候補している自治体はない。
つまり、核燃サイクルは、その流れの最終処分のところでも、
計画が頓挫している形である。
現在、イギリスヤフランスから返還された高レベル放射性廃棄物は、
東海村で再処理されたものと共に、青森県六ケ所村の、
高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターに、仮に一時的に保管されている。
高レベル放射能廃棄物がウラン鉱石と同じ放射能レベルになるには数千年かかり、
人間が触っても安全になるには数万年以上かかる。
もし日本が高レベル放射能廃棄物の地層処分を行なえば、
今のところ他の国の実績は無く、世界初ということになる。               3、4、9
政府、原子力業界の目指す核燃料サイクルを進めていくには
コストの面また、輸送時の安全面からもいつまでも海外に依存してもいられない。
どうしても、国内で使用済み燃料の本格的再処理ができる施設が必要となってくる。
また、そもそも各原発サイト内で一時プールされている使用済み核燃料の保管場所も
見つけなければ、原子力発電その物が続行できなくなる。
各原発や原子力関連施設から出てくる中、低レベル放射性廃棄物の
保管場所も必要である。

そこで、青森県六ヶ所村に、
総合的核燃サイクル施設が建設された。
六ヶ所村については次の記事で書く。




ここまでの参考文献

1.「どうするプルトニウム」(舘野 淳、野口邦和、吉田康彦編、リベルタ出版)

2.「プルサーマルの科学―21世紀のエネルギー技術を見直す」(桜井 淳著、朝日選書)

3.「どうする?放射能ごみ」(西尾 漠著、緑風出版)

4.「原発ゴミの危険なツケ―最終処分場のゆくえ2」(西尾 漠編、創史社)

5.「世界の放射線被曝地調査」(高田 純著、講談社ブルーバックス)

6.「原子力政策大綱批判」(伴 英幸著、七つ森書館)

7.「臨界被曝の衝撃ーいまあらためて問う原子力」(清水修二・野口邦和共著、リベルタ出版)

8.20年度原子力白書
  http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/hakusho2008/index.htm

9.NPT・六ヶ所問題の基礎知識:解説1
http://www.gensuikin.org/kkj/npt/words2r.html
     

No.126 / 思うこと / Comment*2 / TB*0 // PageTop▲

 Home Next>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。