故郷の廃家
甘口、辛口の雑記ブログ。 少女時代の思い出と、現代の風潮への怒りとの、2つの ベクトル上で行き暮れる。 団塊嫌いの団塊による、すべての世代の人へのメッセージ。


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2009.08.08  エネルギー問題 その一 原子力発電 8 <<14:10


10.東海村JCO臨界事故


1999年、茨城県東海村のJCO で2名の作業員の方が臨界被曝事故で亡くなられた。
その時彼らは、高速増殖実験炉「常陽」の燃料用のための硝酸ウラニル溶液を
作る作業をしていた。
言わばこれは原子炉を動かす前の、核燃料サイクルの考え方の中では
アップストリームに属する工程の最中に起きた臨界事故であり、
そんなところで起きるとは、原子力発電関係者の予測もしていなかった事故であったという。
この世では、誰も予測していなかったようなことがときとして起こる。
この事故は、原発のあらゆる局面で、思いがけない事故が起き得る、ということを
示した事故でもあった。

後になっていろいろ関係者の証言を、集めてみると、
亡くなられた二人の作業員のリーダー格として当時作業に立ち会っていた人も、
会社から研修を受けたのは入社直後の一回だけ。臨界の意味も
よくわかっていなかったと証言している。
リーダー格の人物でさえそんな風なのだから、亡くなった二人も臨界の危険など
知らず、沈殿槽に硝酸ウラニル溶液を注入するという、毎日行っている作業を
淡々と行っていただろう。
突然青白い光が部屋を満たす。彼らはその場に昏倒する。
おそらくその時にも、一体何が起こったかわからなかったのではなかろうか。

JCOは作業の効率化を図るため、裏マニュアルを作り、正規の作業手順とは違うことを
日常的にやらせていたという。
本当は溶解塔というところで行わなければならなかった硝酸ウラニルの溶解を、
それではなかなか溶けにくいので、作業を速めるためにステンレスバケツを電熱器で
熱して溶解を行うということを、どうも会社側は裏マニュアルで長年やらせていたらしいのである。
しかしこのとき臨界事故が起きた原因は、リーダーも含め3人が、
裏マニュアルからさえ逸脱した、工程の変更をしていたことから起こった。
本来は貯塔というもので行わねばならない作業を、沈殿槽という
容積の大きなもので彼らは行っていた。そのため、ウラン235が臨界質量を超え、
臨界を起こしてしまったのである。

そもそも、なぜ、そんな臨界量を超えるような容積の大きな沈殿槽が存在したのか。
これは科学技術庁と原子力安全委員会の安全審査をパスしているのである。
大きな容器があれば、人はそこに入るだけの量を入れようとする。
二人の作業員は何の疑問もなく、作業を続けていたのに違いない。
ただ、リーダー格の人だけは、不安を感じ、事前に核燃料取扱主任者有資格者に
そんな量のウラン溶液を沈殿槽に入れていいものかどうか相談している。
この有資格者は、彼らが行っていた作業の直接のライン関係者ではなかった。
数時間置いて彼は「大丈夫ではないか」と電話で回答。
そこで、作業は臨界に向けてまっしぐらに突き進むことになる。
そもそも、どうして、直接のライン責任者で、有資格者である者に訊ねなかったのだろう。
不在だった、あるいはそもそも配置されていなかった、ということだろうか。

亡くなった二人は、ベテラン従業員ではあったが、その作業はその日が初めてであったという。
また、リーダー格の人でさえ、延べ数か月の経験しかなかったという。
業績悪化のために、JCOは事故の前年と8年前に大幅な人員削減を行っていた。
それが事故の遠因となってはいないか。
つまり、経験豊富な現場労働者が、いなくなっていてしまったり、技術知識の
後継者への伝達が不十分な状態だったのではないか。

三人は放射線作業を行う際に着用が法令で義務付けられている被曝線量計を
着用していなかった。また中性子線の異常増加を知らせてくれるはずの
中性子線測定器をJCOのみならず、当時、他の核燃料加工会社のどこも
持っていなかった。
核燃料加工会社全体に、ウランなどの核物質を扱うことに対する認識の甘さが
あったのではないだろうか。

原子力発電関連事故の例として、このJCOにおける事故を取り上げたのは、
それが、原子力発電関連の企業において日本で初めて死者を出してしまった
事故であったと言うだけでなく、そこに、原発事故だけでなく他の大事故にも
共通する要因を見るから、である。
すなわち、
①当事者の危機管理教育が十分でなかったり、危機意識が希薄だったりした。
②効率を上げるための、正規の手順を逸脱したマニュアル(時に裏マニュアル)の存在。
 それは、ときに、十分な知識がなくても危険物を扱えることを意味する。
 また、それは、マニュアルから外れた事態が起こった時の、対応力の無さをも意味する。
③効率を上げるために無理な操業が行われていたこと。
④そもそもの操業計画、作業計画自体に、危険を予測し十分な安全設計をするという
 基本への認識の甘さがあったにもかかわらず、なぜか国や自治体の安全審査を
 パスしていたこと。

たかが一社のことを取り上げて原子力産業全体をあげつらう、と言われるかもしれないが、
資料にあたってみると、日本の原発だけでも、あちこちで事故は起きている。
今年4月から7月現在までで、制御棒の過挿入などの事故が6件。
電気事業連合会のホームページでは、これを、
  「近年、報告されたトラブル件数は、年間、原子炉1基あたり1件を切っています。
  2007年度実績によると、報告されたトラブル件数は、原子力発電所については
  合計23件、原子炉1基あたり0.4件となっています。
  いずれの場合も原子力施設周辺への放射性物質による影響はありませんでした。」
と報告している。
原子炉一基あたり0.4件という数字。これを多いとみるか少ないとみるか。
これはプレスリリースされたものだけであるから、これ以外の小さな事故は
無数にあるのではないだろうか。
さらに、原子力発電所だけではなく、JCOのような 関連産業全体を考慮に入れれば、
もっと大きな数字になるだろう。
冷却水漏れ、制御棒の抜け落ちなど、下手をすれば大事故につながりかねない
重大な事故から、被曝線量計を身につけていなかった、とか、マスクを着用していなかった、
とか、ボルトネジがゆるんで落ちた、とかの軽度のミスまで。

今日、8月8日付朝日新聞にも、こんな記事が載っていた。
北海道、泊原子力発電所1,2号機で、核分裂が急激に進んだ場合に
原子炉を自動停止させる装置を解除したまま、制御棒を引き抜く試験をしていたというのである。
制御棒というのは、核燃料の間に装置して、それを抜いたり挿入したりすることによって
核分裂を誘う中性子の数を調節し、原子炉が臨界状態にならないようにする、
原子炉においては中枢的な役割を果たす装置である。
緊急時には制御棒を全挿入し、原子炉を停止される役割を果たす。
短い記事では詳しくはわからないが、この制御棒を引き抜く実験を、
緊急時に原子炉を自動停止させる装置の電源が入っていない状態のままで、
行っていたらしいのである。
定期点検中にそのことに気付いたが、2時間半の間、経済産業省原子力安全・保安院に
通報しなかったらしい。
泊原発は、昨年も2回、同じミスを犯していたという。
今回、保安院は泊原発を管理運営する北海道電力に対し、保安規定違反を犯した
ということで厳重注意。再発防止策の提出を求めているという。

新聞の一段15センチほどの小さな記事である。見過ごす人も多いだろう。
急激に核分裂が進んだ際に緊急停止させる装置と言えば、原発の安全運転上、
もっとも重要な装置ではないか。
うっかりなのか、意図的になのか、詳しくはわからないが、
この制御棒に関するミスは、日本の原発でしょっちゅう起きている。
なぜ、このような保安規定違反が何回も行われてしまうのか?

日本の原発は海外のそれらと比べても、事故の比率が少ないと言われる。
しかし、だから安全、とは言いきれまい。
事故というものは、起こらない、と想定してはいけないものなのではないだろうか。
いつか起こったら、ということを常に想定して、そのための安全対策を十分に
考えておかねばならないものだと思うが、日本の原子力産業のホームページなどを
見ても、「安全です」「周辺への影響はありませんでした」の表現ばかりが
やけに目について、どうも、国民に不安を与えないように与えないように、
そればかりに腐心しているように思えて仕方ないのである。

泊原発の例のように、重大な保安規定違反はもってのほか。
こういうことを何回も起こすとか、軽微な事故でも再三犯すということは、
日常の作業の気の緩みを表している。
大したことではないからそれは聞き流し見過ごしして、「安全です」、と言い切る気持。
気の緩みや、ことの重大性を直視せず、とにかく「安全だ」と言いきる気持。
時にそれは大事故につながりかねない危険をはらんでいる。

原発事故に限らず、何か大きな事故が起きるときには、
そこにまるで人々が引き寄せられていくように、偶然や必然の積み重なりが、
事故に向かって突き進んでいくような気がするのは、私だけの感覚だろうか。
例えば、2001年。死傷者258人を出した明石市花火大会歩道橋事故。
例えば、2005年。死者107人という悲劇となったJR福知山線脱線事故。
何か大きな事故には共通の要因があるような気がする。
明石の事故ではその前のミレニアム記念行事で、人が大勢この歩道橋に
殺到すれば、大事故につながりかねないという懸念は一部でされていた。
なぜ、そういう懸念をもつ者がいながら、事故が防げなかったか。
福知山線の事故では、JR西日本が他の私鉄との乗り入れの競合に勝つため、
余裕のないタイムテーブルで電車を走らせていたこと。ほんのわずかな電車の遅れにも
非寛容な日本の乗客。そうして何かミスを犯したりした社員には、会社が
日勤教育という名の罰を与え、それが嫌さに運転士が無理な運転をした可能性があること。
当日の運転士は経験が十分ではなかったという。
それは国鉄の分割民営化の後、経営改善を図るという史上命令があったために、
会社は長年新規採用を行っておらず、大量の定年退職者が出る段になって
新規採用したりしたため、中堅層の働き手が少なくなっていて、
運転技術などの継承がうまく行っていなかったということが背景にあったのではないか。
毎年のように、夏になるとキャンプ場の上流に豪雨があり、河原でキャンプしていた人が
流されたとか、遊泳禁止の場所で泳いでいて高波にさらわれたとかいう報道がある。
こういうことなども、台風が近づいているとか集中豪雨があったとかの警告を無視して
自分達だけは「大丈夫」と、遊興計画を何が何でも決行するという、
危険性への想像力の欠如があったのではないだろうか。
これはかく言う、私自身の心の中にもどの人の心の中にも潜む落とし穴であろう。
後になってみて、あらためてぞおっとする、ということは、多くの人が一度くらいは
経験したことがあるのではないだろうか。

つまり、過去の経験から事故を予測する、運営側の想像力の欠如。
経済効率第一主義の考え方から、安全性が軽視されること。
連絡の不備。社員教育の不徹底(的外れな懲罰主義もこれに属するだろう)
経験や知恵の継承の断絶。その不足を補うための裏マニュアルの存在・・・・。
そこに、当日指揮を執る、あるいは運転するなど直接行為をする者の
愚かしい蛮勇による判断ミスや怠慢やが加わった時、大事故は起きているのではなかろうか。
JCO事故もチェルノブイリ事故も、極めて似た構図を持っている。
過去の経験や、事故に至りそうな微細な兆候に目を閉じ、
「大丈夫だよ。」と言いきって、強行したがる気持。
この判断ミスが、時に大きな悲劇を生む。

JCOの話に戻ろう。
一般人が受けても問題ないとされる被曝量は年間1ミリシーベルトとされている。
JCO の二人の被曝量はそれぞれ16~20シーベルト、6~10シーベルトだった。
二人は血液中のリンパ球がゼロになるなどの重い造血器障害や消化管障害、
皮膚障害、中枢神経障害、肺炎などを起こし、苦しんだ末に亡くなられた。

とにかく臨界を終息させねばならない。
科学技術庁と原子力安全委員会の意向を受けて、職場長が先の見えない
危険な終息作業にあたる人員の人選を行う。
現場作業に不慣れな管理職は外され、将来子供をつくる可能性のある独身者も
外され人選は行われたが、実際にはほぼ半強制、否応を
言えるような雰囲気ではない中、18人の作業員は冷却水を抜くという作業を開始する。
ああ、ここでも私はある種の怒りを感じずにはいられない。
何か悲劇が起きた時、その始末をするのは、常に言葉は悪いがその組織の
いわば末端にいる人々、例えば下請けの作業員や、何も知らない一般庶民であって、
事情をよく知っているはずのしたがってその悲劇に責任があるはずの幹部や
上級職員などは、ほとんどの場合、現場に出て危険な作業に携わることは
ないのだろう、ということである。
机上で一連の計画を立案推進はしたかもしれないが、大抵の場合、
上級幹部は現場の実情は知らず、何か事があっても、役に立たない、ということも
あるのだろうが。
私は以前、太平洋戦争の折りの、日本軍兵士たちのことを調べていたことがある。
インパール作戦など、調べていて、軍部の上層部=無謀な計画を机上でたてた
人々に対し、激しい怒りを感じずにはいられなかった。
死ぬのは常に末端の兵士であり、無謀な作戦の責任者は概して内地の
安全な場所にいる。フィリピンや満州からの引き上げで大変な苦労をして
命をなくしたものは、一般庶民であり、兵士であって、高級将校の一部は
敗戦がいよいよ間近になると、いち早く軍用機で帰国している。

私は原子力発電のサイクルの各所で、この、昔から諸所で見られた差別、
力のあるものは利得を得、組織の下部にいるものはわずかな報酬のために
危険をも負わねばならない、という差別の構造を見てしまうのだ。
もうこれは、核開発の歴史を見てくれば、世界中で当たり前のように行われてきたことである。

さて、臨界を終息させるため選抜された作業員たちは、被曝量を出来るだけ抑えるため、
一回に1分以上作業を続けることが禁じられる。
アラームが鳴ったらすぐに交替する、
という緊迫した雰囲気の中で決死の作業が続けられ、ようやく20時間後、
臨界は終息した。

このとき臨界を引き起こしたウラン235は、16.6キログラム。
日本に今あるウラン235は、原子力白書によれば2007年末現在で416トン、
分離されたプルトニウムは44トンである。
この数値をどう思うだろうか。

原発労働者の生の声をお知りになりたい方は、これを読んで欲しい。
「原発がどんなものか知ってほしい(全)」
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html
(私の操作が悪いのか、クリックしただけでは、ページに跳ぶことができません。
申し訳ありませんがコピーして検索からお入りください。)

原子力発電所の現場監督として20年働いてこられた平井憲夫さんという方の手記。
ここには、「三重、四重の防護策が施してあるから日本の原発は安全です。」と、
原発推進派の人々が宣伝するその原発の、建設現場のずさんな工事実態や、
専門外の天下り検査官によるおざなりな安全検査の事情など、
安全神話の嘘を厳しく指摘する内容が書かれてある。
また、現場労働者の被曝実態など、現場にいた者にしか知りえない実情が記されている。
一部を引用してみよう。

 「稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。
 動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに
 働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にある
 ネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、
 もうアラームメーターがビーッと鳴る。
 中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、
 もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、
 金額で四百万円くらいかかりました。
 なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、
 原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。
 放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。」

この記述を読んで、私は核施設で働く、ということの実態が初めて分かった気がした。
ネジ一本緩んだだけで、この大変さである。
これを馬鹿馬鹿しいと言うことができるだろうか。
それほど、原子炉の傍で働くということは大変な危険を伴うことなのだ。
JCOの臨界を止めようとするときの、一分ほどいてアラームが鳴ったら即、交代、
という、その時の緊迫した情景と同じである。
チェルノブイリの終息や石棺建設にあたった労働者達はさらに過酷な働き方を余儀なくされた。
放射能汚染防護服らしきものは殆どなく、マスクさえ付けずに手で
高レベルの放射能を出し続けるコンクリート片などをつかんで運ぶ人々…。
彼らは国家から何の事情も危険についても説明を受けないまま、突然
作業に駆り出された一般の人々や兵士であった。
その数、延べ60万人。うち55000人がすでに亡くなっている。
これが原発事故の現場であり、そこで働く人々の現実なのだ。

世界中を瞬時にして様々な情報が飛び交い、めまぐるしく全てが押し流されていく今。
多くのことがすぐに風化してしまう。
チェルノブイリのことも聞いたことさえない、という人も多いだろう。
しかし、チェルノブイリ事故やこの東海村JCOの事故は 、私達にいろんなことを
教えてくれていると思う。
原子力発電に関したことだけではない。様々な産業や事業にここでの教訓は
生かされなければならないと思う。
それは、「安全と言い切れることなどない」ということである。
機械設備はいつか故障するものであるし、いつか老朽化する。
人はミスを犯すものである。
万全を尽くしたつもりでいても、人智を超えた災害、事故、というものも起こり得る。
そういったとき、真っ先に被害を受けるのは、弱い立場の者である。

「大丈夫」という言葉は、無責任には使えない。心して使わなければならない
言葉であると思う。

No.130 / 思うこと / Comment*4 / TB*0 // PageTop▲

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Re: ららさんへ


そうですか。事故一週間前に東海村へ。
それでは、事故が起きた時、衝撃を受けるはずですね。
私は、物事を判断する時に決定的な働きをするものは、
「それを知っている」ということと、想像力、だと思っています。
不幸な事故の前に、必ずと言っていいほど、その事故を引き起こす
要因となるものごとがあって、それが無知や想像力の欠如のために
見落とされていたか、甘く見られていたかしたのではないかと思うことがよくあります。

と言っても、その言葉は、下請けの作業員のみを責める言葉としてではなく、
政治家、企業、官僚など、上に立つ人々に向けて特に言いたい言葉なのです。
ららさんがおっしゃるように、とりわけ原発などの危険なものは、
最悪の事態を常に想定してことにあたってもらいたい。
「わからない」ということが「イコール安全」というケースが大変多いような気がします。
原発もそうですが、狂牛病然り、新型インフルエンザ然り。
輸入食品の安全性然り。
どうにもつき止めようがないとなると、いつの間にか、「まあ、安全だろう」に
すり替わっていってしまうことが多いような。

「わからない」ということが「イコール危険」という風に考える人々が一方にいて、
私などもその部類に入るのでしょうが、
やみくもに恐れるのではなく最悪の事態を想定して、きちんと対策を講じておく、
ということは大変大事なことだと思うんです。

今、まとめ記事を書いていますが、なかなかうまくまとまりません。
原発の問題はいろんなことと複雑に絡み合っているんですね。
調べているうちに戦争や、人種差別やいろいろなことに関連してきて、
おさまりがつきにくくなってしまっています(笑)

応援ありがとう。
2009.08.15(02:53) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]



私はこの事故の一週間前に東海村に行ってたのでかなりこの事故には強いインパクトを受けました。
こういう組織は確かに組織として大きな問題がありますが、効率重視、利潤追求が会社の存亡をかけている今の経済資本体制では、
どこの会社でもこういう事態をありうることとむしろ考えて、
その前提の上で安全性を考えるべきではないかと思います。
得に原子力に関しては、最悪の大地震、戦争、人為ミス、設計ミス、すべてが重なってもなお安全でなければならないと思うのです。
でもそれが不可能ならば、むしろ核開発ではない開発の道を模索しなければならない気がします。
もうひとつ、原発の廃棄物やその原料の加工が原子爆弾製造に繋がることもとても気になるところです。
2009.08.14(22:36) / URL / らら / [ Edit ]


Re: ノートさんへ


JCOの事故は、なんだか日本の色々な側面を象徴しているような気がしました。
危機管理の甘さ、危険な事態への想像力の欠如。
利潤追求のための、人員整理や労働環境の悪化。
裏マニュアルで、規則違反が横行していること。
末端の作業員の身分の軽さ。
それでいて、何か事があれば、全てを末端の作業員の責任にもしかねない
会社経営者側の責任意識の甘さ。等々。

数々ある食品偽装事件などを見ていると、
根本のところにある体質は、同じなのじゃないかと思ってしまいます。
2009.08.14(02:57) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]



包丁でもノコギリでも使う人によっては凶悪な武器になります。

件の事故は原発がいいか悪いか以前の問題に唖然としました。
あのような組織は何をやっても危険をあたりにまきちらすのではないかと思います。

仮にダムを管理していたとしたら、下流域に甚大な被害を出したかもしれません。

この信じられないような体制が日本の組織一般に浸透してないことを祈るだけです。
2009.08.13(22:01) / URL / ノート / [ Edit ]


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