故郷の廃家
甘口、辛口の雑記ブログ。 少女時代の思い出と、現代の風潮への怒りとの、2つの ベクトル上で行き暮れる。 団塊嫌いの団塊による、すべての世代の人へのメッセージ。


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2009.04.07  「歌を口ずさむこと」  消えゆくもの ③ <<03:16


前々回、前回と、「口笛」「ピアノ」を消えゆくもの、として挙げた。
さて、それだけではなく、「歌そのもの」も、人々の生活から消えゆく、
とまではいかずとも、遠ざかりつつある、とは言えないだろうか。

「えっ!歌が街から消えて行っている?そんなことないよ。
カラオケブームはまだ、消え去ってなんかいないし、
若いアーティストもたくさん次から次へ生まれているし、
むしろ、昔より、音楽やってる子は多いんじゃね?」

と言われてしまいそうである。

確かに、若いアーティストは、私の知らないところで、たくさん生まれ、
多くの曲が次から次へ配信されているようである。
また、若い人が集まれば、カラオケもにぎやかに始まるし、
大いに盛り上がるようである。
若い人だけではない。私くらいの年齢の中高年の人々も、
氷川きよし、ジェロ、水森かおりなどの若い歌手を応援して、
カラオケルームで、また今盛りの桜の下で、自分たちもマイクを手に演歌を歌う。

昔とちっとも変っちゃいない。
あなたが世の中の動きに心を閉ざして、聴こうとしていないだけよ。
そう言われるかもしれない。

しかし私は訊き返そう。
あなたは、そういったカラオケルームや花見の宴会以外の、
日常の場で、歌を口ずさむことがよくありますか? 
あるとすれば、あなたはどんな歌を歌いますか?
今、街に流れて、皆に愛唱されている曲をぱっと挙げることができますか?
昨日あなたは、街で何の歌を耳にしましたか?

私は、人々が日常生活の場で、歌を口ずさむことが少なくなっているのでは
ないかと思う。いわゆる鼻歌がふと口を突いて出るということが。 

かつて人々はもっと日常の場で歌を口ずさんでいたような気がしてならない。
一日の仕事を終えて、お爺ちゃんがお風呂場で、気持ちよさそうに義太夫をうなる。
お母さんが夕食の支度をしながら、スコットランド民謡を細い声で歌う。
お父さんが晩酌の酒ですでに真っ赤になって、村田英雄ばりのだみ声を聞かす。
お兄ちゃんがフォークギターを抱えて、「バラが咲いた、バラが咲いた」と飽きずに歌う。
小さい子供たちは幼稚園や学校で今日覚えた歌を早速歌う。
「穴~のあいたレンコンさん、筋~のとおったフ~キっ !」   

まあ、全く消えたといっているわけでは勿論ないが、徐々にこうした歌声は
少なくなっていってはいないだろうか。
口笛にしても、この鼻歌にしても、人の心が楽しむとき、自然に口をついて
出るものである。
今、ひょっとして、人々は、歌をふと口ずさむ気持ちもわかないほどに
忙しく、疲れきり、気持ちがかさかさになってはいないか?

そんな中、中学校で合唱祭が近づくと、塾の子で普段は歌など歌いそうにない
男の子たちなどが、授業の合間にクラスの自由曲をパートに分かれて
ハモっているのを聞いたりすると、何やらおかしく微笑ましく、
また、小さい子などが、補助輪つきの自転車を得意げに乗り回しながら、
「ポ~ニョ、ポニョポニョ・・・!」などとつぶやいているのを聞くと
ほっとしてしまう私である。

私自身は何度も記事の中で書いているが、台所仕事をしながら、洗濯物を干しながら、
よく歌を歌う人間である。口笛は吹けないし、ピアノも残念ながら奏でられないが、
歌は好きでよく、イタリア民謡や、昔のポップスなども無意識に口ずさんでいる。
脳が老化して最近は歌詞を忘れがちで、途中からスキャットになることも多い(笑)。
不思議なことに、子供のころ覚えた外国民謡や日本の唱歌の歌詞は忘れない。
娘がうちにいるときは、二人で唱歌やザ・ピーナッツなどをハモることもある。
「君たちはうるさいねえ。」と、亭主に言われながらも。

しかし、最近の歌は歌えない。歌わない。
今の人の作る歌がつまらなくなったというのではないのだが、
そこで歌われている情景が、全く、私には見えなくなってしまったからである。

この歳で熱い恋の想いでもないので、若い人の歌は当然と言えば当然なのだが、
だからと言って、演歌を聴いても、同じく情景が浮かばない。
どの曲もどの歌手も同じに聞こえてしまうのである。
何か、マニュアルに従って書いてるんじゃないか、と思われるほど、
曲想や使われている言葉、伴奏、間奏などがどれも似て聞こえる。
「ちゃんから~か、すちゃらかちゃっちゃ、すちゃらかちゃっちゃんちゃん!」
ね、思い当たりませんか?

私の思い込みと最近の音楽への勉強不足。
そう言われても仕方のない部分もあるし、たぶんそうなのだろう。
しかし、それでもまだ、疑問は残る。
人々に、年代を超えて愛唱されるような歌が、今、本当に生まれているのか?と。
街を歩いてしょっちゅう耳にする歌。つられてつい、口ずさんでしまう歌。

もし、私のこの記事が一部分でも真実のある面を捉えているとしたら、
人々の日常からなぜそういう軽い歌声が消えていっているのだろう?

人の心に余裕がなくなった?
それが歌が聞こえなくなった理由の一つにはあると思う。

確かに人々はカラオケルームに大勢で繰り出し、そこでは歌は歌う。
しかし、自分が次に歌う歌を必死にリストから探し、ページを忙しく繰るだけで、
人の歌は殆どr聞いちゃいない。

確かに若者は、便利な今時の機器を自由に使いこなし、
次から次へ発信される音楽を聴いてはいる。
その点では確かに昔より音楽に親しみ、よく聴くようになっていると言えるかも知れない。
しかしそれは極めて個人的な、閉じた聴き方であって、
街に流れる歌声にはなっていかない。

街の騒音取り締まりが強化されて、商店街などから音楽が消えかけている?
昔はクリスマスが近づくと、あちらでもこちらでも楽しげな「ジングル・ベル」が聞こえたものだが、
今は少なくなってしまったようである。
人々の意識下に、騒音はたててはいけない、という常識が定着して、
人前で歌を歌ったり口笛を吹いたりすることは恥ずかしく、いけないこと、
と思うようになっているのかもしれない。

それらの理由に加えて、私が最も恐れるのは、
人々の心から教養としての音楽が、親から子へ世代から世代へ受け継がれていく、
一種の教養として、人の心と体にしみこんでいる音楽が、
日本から無くなりつつあるのではないか、
ということである。 

小、中学校、高等学校の、音楽や美術などの芸術科目の時間数は
私などが子供のころに比べれば、随分削られてしまっている。
中学校では、「音楽や美術の鑑賞」という項目は、生徒達から敬遠されがちであるらしい。
勿論授業の進め方に工夫が足りない、とかそれなりの理由はあるのだろうが、
実際に歌ったり楽器を演奏したり、工作をしたりという実技なら面白いからあってもいいが、
面白くなく、受験にも役立たない鑑賞の時間なんか、いらない。
そう言ってはばからない子が、実際私の知っている子の中にもいた。
おそらくそれはその子の親の価値観でもあるのだろう。

すぐに役に立たないものはいらない。
お金にならないものはいらない。

そういう価値観がこの世界に蔓延すれば、「音楽や美術の優れた古典に学ぶ」
ということへの興味はどんどん子供の心から薄れていってしまう。
芸術の先人達がいかに苦労し、いかに工夫を重ねてそのような音楽や絵画などを
生みだしてきたか、考えも想像もしなくなる。

確かに優れた芸術というものは、過去の作品を学んだからと言って生まれるものではない。
まして、美術や音楽の歴史の流れを変えるほどの天才は、過去の作品を学ぶことから飛躍して、
自分自身のひらめきで、これまでにない全く新しい作品を生みだすのだろう。

しかし彼または彼女が全く先人達の偉業を知らないで、新しい作品を作り得たか、というと、
それは殆どない、と私は考える。
勿論先人たちの作品に学びそれを真似ていては新しいものにはなりっこないので、
そういう意味で私は古典に学べ、と言っているわけではない。
私がここで問題にしているのは、先人達の芸術を知ることによって磨かれる感性、
いいもの、優れたものを見抜く眼力、体にいつの間にかしみこんでいく芸術性…
そういったもののことである。

音楽や絵画、映画などの素晴らしい先人達の築いた歴史がある。
それらをたくさん見聞きするうちに、いつしか自然に身についていく
美しいメロディやハーモニーへの嗜好や、優れた言語感覚や描写力。
あるいは逆にそれらに飽き足りず、それらを超えたものを作り出そうとするときに
生まれる、ものすごいパワー・・・。

子供たちに、いや、今、音楽や絵画、映画などを発信する側の人に、
この視点、この芸術性、このより高いものを目指す志の高さが欠けているのではないか。
だから、今、絵画はなんだか誰かの真似をしたような亜流のものが多くなり、
歌もまた何やら皆似通って、薄っぺらなものになり、
世代を超えて人の心に訴えかけるような力を無くしていっているのではないだろうか、
そうした質の劣化の定着を私は恐れるのである。

歌う良い歌がないから人は、日々の生活の場で、ふと、歌を口ずさむ
ということをしなくなっているのではないか。

そんな風に思ってみるのだが、私の言い過ぎだろうか。

また、多少やかましくてもいい、大人が仕事をしながら、ふんふ~ん、と鼻歌を歌う。
子供が何かして遊びながら、同じ歌を飽きずに繰り返し歌う。
子供を寝かせつける若い母親が、子守歌を歌って聞かせながら、いつか自分も
うたた寝をする。

そんな風に街にはいつも庶民のささやかな歌声や口笛が溢れていて欲しい、
子供のポロンポロンとピアノ練習をする音がたどたどしく聞こえてきても、
うるさい、とぎすぎすした怒りや苛立ちを抱え込まない。
そんな、心に余裕のある暮らしを皆ができる世であってほしい、
そう心から願うのである。

No.76 / 消えゆくもの / Comment*18 / TB*0 // PageTop▲

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Re: 大門先生へ。


先生、先日はどうもありがとうございました。

そうなんですよ。何か確実に変わってしまったものはありますよね。
どの世代も内向きに閉じているというか…。
もっと思いきって話をしてみればいいのに、
もっと相手の胸に飛び込んでいけばいいのに、
とかって思う私自身も、本当は人に対しては臆病です。

だからこれは、自省を籠めて書いてもいます。

先生の絵は、日本がかさかさする前の、
人間の生活が大地に根ざしていた時代の名残りをとどめた風景を
見せてくださるので、いつも懐かしく、
旅ごころを呼び覚まされます。旅をしないとだめですね。
2009.04.13(18:22) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]



歌に限らず、心が薄っぺらになって来たように思います!!!!!
何だか寂しいねぇぇぇぇぇぇぇ~~~!!!
2009.04.13(13:34) / URL / 松井大門 / [ Edit ]


管理人のみ閲覧できます


このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009.04.13(00:48) / / / [ Edit ]


Re: れんげ師匠に感謝!


おかげさまで、消せました~!
頼もしい助っ人が来てくれて、感激だったよ~!

れんげ師匠はいろんなことが出来て凄いなあ。
私なんか、一人でばたばたあちこちクリックしてみたりして
焦ってたのよ。

ほんとにありがとうございましたっ!
2009.04.11(18:19) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]


Re: 先生、お手間をおかけしました。 


夜中に騒いでよく眠れなかったんじゃないでしょうか?(笑)
れんげ師匠がなんとかレンジャーの如く、すぐに駆けつけてきてくれて、
夜のうちに解決しました~!
もう、変なアスパラなんて言いませ~ん!
ありがとうございました!
2009.04.11(18:03) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]



あ!先生、ちゃんとコメントしてる。(笑)

消せてたァ~♪
れんげマジックです。(れんげのトコも、付いてたの。検索して調べただけぇ。)笑!
他にも困ってる人、いるのかなァ~。
またねぇ~♪
2009.04.11(13:24) / URL / れんげ / [ Edit ]



おはよう~~~!!!!

はははははは
消せて良かったね~~~。
2009.04.11(06:05) / URL / 松井大門 / [ Edit ]


Re: れんげちゃん、ありがとうっ!


うお~ん!出来た出来た!
消えてくれたよ~ん!

れんげちゃ~ん、なんて頼もしいんだろう。ありがとう、ありがとう!
感激しちゃった。
なんでそんなことよくわかるの~?
尊敬しちゃうよ~。うお~ん!
2009.04.11(02:30) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]


助けにきたぞ!


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そこまでいったら、拍手ボタンの下に
「アカマイの設定」
高速表示設定(アカマイ利用設定) [利用しない&広告を表示しない] V を選んで。
更新。
以上!!!
2009.04.11(01:21) / URL / れんげ / [ Edit ]


Re: とまとさんへ


こんばんは。
とまとさんもそうお思いになりますか?良かった~。
と言うと変ですけど、年寄り(私のことです)が昔を懐かしむあまりに、
現実を捻じ曲げて見ているのだろうか、と、自省していたところだったんですよ。
世代を超えて口ずさめる歌、なくなったとは言わないけれど、少なくはなりましたよね。

おっしゃるように、多くの人に愛唱される歌、というのは案外、メロディラインが
単純だったりするんですよね。一回聴くと覚えてしまうくらい、シンプルなのに、
忘れがたい旋律だったりする。
世代を超え時代を超えて、ずっと歌い続けられるような、いい歌が欲しいですね。

また、人の心に余裕があって、何気なく歌が口にのぼるような、
そんな時代がいいなと思うんですが。
2009.04.10(22:32) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]



こんにちは(^O^)
鼻歌を歌わなくなったと言うか…
誰もが歌いやすい歌が、少なくなったような気がします。
最近の曲は、その人にしか歌えないような、難しいメロディーばかりで・・・
もっと単調で、下手でも歌える、だけど、歌うと楽しくなるような曲が、流行ってくれるといいなぁと、思います。
いつも、鋭い記事に、感動の拍手~!
2009.04.10(19:41) / URL / とまと / [ Edit ]


Re:たんご屋さんへ


いつもご教示ありがとうございます。
日本人にとっての、日常の歌というものが、そもそも労働の中から生まれたもので、
自然の中で体を動かすという労働の少なくなった今、歌が遠ざかっていくのは
仕方のないこと、というご指摘。まったく、目から鱗、という感じでいた。

私などはなんとなく歌が聞こえなくなったなあ、と、感覚的に思うだけで、
なぜなのだろう、と、それを歴史を遡ってまで考察してみる、ということが出来ない
でいたので、なるほどなあ、と、本当にしみじみ納得することができ、ちょっと
すっきりした気がします。

コメント欄の件。これも以前、たんご屋さんにご指摘をいただいて、返事の書き出しの
ところに、コメントいただいたかたのお名前を「・・・さんへ」といれるようにして、少しは
改善を図ったつもりでいたんですが、確かにここ数回、「・・・さんへ」を入れ忘れて
いきなり返事本文を書いていますね。反省いたします。
形式その物をわかりやすいものに変えればいいのでしょうが、テンプレートというのでしょうか、
お作りになった方のをそのまま使わせていただいているので、コメント欄だけ形式を、
変えるのって、どうやったらいいかわからないんですよね。

鍵コメの件は、鍵コメということに気づかず、そのままお返事を書いてしまっていました。
教えてくださってありがとうございます。早速相手のかたにお詫びを入れ、
こちらのほうでのコメントは消させていただきました。
って、もう2日も公開状態になっていたんだから遅いですよね。
鍵コメへの返事の仕方も実はよくわからず、とりあえず、相手の方のコメント欄に
こちらも鍵コメとして入れ直したんですけど、それでよかったのかなあ。
こちらのほうで、鍵コメに対する鍵コメの返事って書けるんですかしら。
それらしいところを色々探してみたんですが結局わからず、上のような方法で。

たんご屋さんに教えていただかず、これからも鍵コメに注意を向けないまま
レスを書き続けていたら!とぞっとします。
お教えくださり、本当にありがとうございました。
2009.04.10(13:32) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]


こんにちは


わたしのブログに書いたことがありますが、ことばができる前のヒト、つまり猿人は、鳥のように求愛の歌などを歌って(鳴いて)いて、そういう歌から「ことば」ができたという説があるそうです。
言葉ができてからでも、万葉のころの日本人は和歌を実際に「歌って」いたんですよね。いまでは競技かるたぐらいでしか聞きませんが。あるいは、漢詩を吟ずる習慣も長くあったと思います。
まあ、そういうのとは別にしても、むかしは舟を漕ぐ船頭さんとか、網を引く漁師とか、田植え、稲刈り、あるいは子守とか針仕事のような、からだをリズミカルに使う仕事が多かったから、舟歌や田植え歌とかがあって、みなよく歌ったのだという気がします。
最近はからだを動かして仕事をすることが少なくなりました。机で事務をしながら歌ったりパソコンに向かいながら歌ったら周りの迷惑になります。

ところで、またまたどのコメントがどのコメントに対する返信かわからなくなっています。ブログのコメントは私信ではなくだれでも読めるものですから、その意味では本文とあまり変わりません。お気をつけください。
また、下のコメントは「管理人のみ閲覧できます」のコメントに対するものですか?管理人のみ閲覧できる設定のコメントはあえてそのような形式にした理由があるはずですから、内容のばれるような返信をしないのがマナーだと思います。公開されるとコメント主に不都合なことがあるかもしれませんし、そうでなくても他の読者にとって意味のわからないことになってしまいます。
2009.04.10(08:26) / URL / たんご屋 / [ Edit ]


管理人のみ閲覧できます


このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009.04.08(21:14) / / / [ Edit ]


Re: 私もやっぱり塩の柱になっちゃったのかな?


ご自分で曲を作るかたが、人の曲を歌うからには、そこにやはりよほどの、
その曲への思い入れがなくては歌いたくないでしょうね。
またその歌自体が、歌う人によって多くの味わいと含みを持たせられる歌でなくては。
私がその場に行くなら、HOBOさんご自身の歌が一番聞きたいですけれど、
それが叶わないのなら、「ヨイトマケの唄」、「上を向いて歩こう」ならば
HOBOさんのちょっとかすれた優しい声で聴いてみたい気もします。
なぜ却下なんでしょうか。

誤解があるといけませんので付け加えておきますが、
私は今の歌が全部だめで、昔のものなら何でもいい、と言っているわけではありません。
わたしがここで言ういい歌、と思うのはいわゆる名曲である必要は何もなく、
なぜか、人の口にふっと浮かぶ歌、というもののことです。
私自身はあまり好きではないけれど、コマーシャルソングで、
「この~樹、なんの樹、気になる樹!」というのがありますが、(あれ、こういう風に
記事にしちゃいけないのかな)あれなどは、歴史に残る名曲ではないけれど、
何か、つい、多くの人がふと口にしてしまう。 
そこには何か理由があると思うんですね。
私は音楽理論などはわからないのでうまく説明できませんが、
メロディラインの単純さとか、歌詞のリフレインとか、何か人の心を
つかむ力をどこかに持っているのだろうなと思う。

昔、尾瀬に行って山小屋で熱を出してしまった私。すると、隣の部屋から
この歌をず~っと繰り返し歌う声が聞こえてきて、本人は全く無意識。
でも、熱でうなりながら聴かされる私は、全くまいっちゃったことがありましたっけ(笑)。

今回の記事に関しては、書ききれていないところがたくさんあるように思うので、
また記事にしてみますので、合わせてお読みいただき、いろいろ教えて
いただければ、と思います。

そう、「ルーツ」。それなんです。
私が「教養」などという誤解を生みそうな言葉で表したかったものは。
風景が見えない、などという言葉でも表して見たんですが、
「ルーツ」が見えてこない。そういうことをいいたかったように思います。
その人の背後に背負っている、「心の厚み」、とでもいいましょうか。
それを最近、とりわけ演歌にあまり感じられず、
歌う歌が無いよう!と、叫んでいるわけなんです(笑)
2009.04.08(19:30) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]


Re: れんげちゃんもそう思う?


ねえ、なんだかちょっと前まで、お風呂場からよく歌、聞こえてたわよね。
おっさんたちのアカペラ?そうそう。例えば何の歌だろうな。
「伊豆の山~や~~ま~!」とか。ちょっと古い?
「兄弟ぶ~ねは~!」とか?これも古い?矢沢の栄ちゃんとか?
子供たちとお母さんの声が風呂場に反響して、
「一本で~も人参!」とか?

自転車を大股開いて漕ぎながら、おじさんが気持ちよさそうに口笛吹いてたり、
夏の夕暮れ、部活帰りの女子中学生が、近づく合唱コンクールの課題曲をハモったり、
夕暮れと言えば、うちの近くに川があるんだけど、暖かくなると、よく夕暮れに、
青年が川辺に降りる階段に腰かけて、サックスを吹いていたり、
中学生たちが橋の下でトロンボーンの練習してたり、
何かかにかで音楽が街に聞こえていたような気がするんだけど、
最近はめっきりそういった音が聞かれなくなった気がします。

今日たまたま桜並木の美しい川べりで、娘が、気持ちよさそうに、
「春のうら~ら~の~す~み~だがわ~!」と、低音部の方で歌いかけてきたんだけど、
口内炎が出来ていて憂鬱な私は、高音部で合わせることができませんでした。

やっぱり歌というのは体調が良くて、気分がうきうきしてなくちゃ出ないものなんだわね。
天ぷら食べてて舌噛んで、治りかけのをまた寝てる時に噛んで、
ちっとも治らない。
しゃべりたくもないので、亭主とはほとんど、
「あ~、いっさうのあぁぁいいお、あいあっあお?」状態ですが、
「うん。明日スペシャルがあるみたいだよ。」と、ちゃんとお返事があったので、
「あ~、必殺(仕事人)の新しいの、始まったの?」と聞きとってくれたようです。
さすが、40年も、喧嘩しつつも共に暮らしてきただけのことはある?
2009.04.08(17:50) / URL / 沈丁花さん / [ Edit ]


こんばんは


 ひさびさにライブに参加することになり張り切っているHOBOでは
ありますが、ライブのテーマが「ノスタルジック」。15分の持ち時
間ですから、3曲でいっぱいいっぱい。ぼくは自分の歌しか唄わない
ので今回はすこしとまどっているところではあります。なぜかという
とカバー曲をやってくれという主催者の希望があるからで、そうなん
です、ぼくは人が創った歌を唄うことになったのです。
 ただ懐かしむだけの憩いの場ならぼくは唄いません。ぼくが唄うと
いうことが意味があることで、似たようなアレンジで真似て唄うのな
ら会場でCDでもかけたほうが憩うでしょう。「ああ!この曲ってこん
なにいい曲だったのね」とあらためて気づいたり、そこに気づきがあ
るからぼくが唄う意味があるのです。「ヨイトマケの唄」とか「上を
向いて歩こう」などはとてもブルースしてるのでいいと思いましたが
却下のようです。ノスタルジックってなんだ?

 「ルーツ」のないひとはオリジナルになり得ない。美しいものを見
ても美しいと思えない人もいる。というかオリジナルなんかない。今
も昔もない。若い人も老いた人もない。売れるモノが良いものじゃな
い。懐かしむことより、ぼくは今流れている曲の中から良いものを探
そうと思う。幸い、ぼくには「ルーツ」があり、譲れない「素敵」を
知っている。だから半端な「素敵」じゃやりきれない。
 
 「ノスタルジック」というライブへの参加はこれで最後にしようと
思う。後ろはけして振り向かない。塩の柱になっちまう。笑
 聴こえなくなったのは歌ではなくて、感動するこころの音ではない
のだろうか!

2009.04.08(17:47) / URL / Mr.HOBO / [ Edit ]



拍手~~~~!!! わかるよぉ。
昔は夕方過ぎると、どこからともなく聞こえてた。
・・・お風呂場エコーのかかる、おっさん達のアカペラ。(笑)
最近は、ホント聞かなくなったなぁ~。
さみしいねぇ。
お金の余裕は無くても平気!(笑) でも、心の余裕は大事にしたいねぇ~。
2009.04.08(12:16) / URL / れんげ / [ Edit ]


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